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『トーマス王太子は私の息子だよ。それが真実だ。実はトーマス王太子に縁談があるんだよ。ピンクダイヤモンド公爵家の令嬢との婚約が整いつつある。ピンクダイヤモンド公爵家はパープル王国でも由緒ある家柄だ。ピンクダイヤモンド公爵家の令嬢は才色兼備、先方はこの婚約に大層乗り気でね。私も王妃も申し分ない相手だと思っている』


「トーマスに縁談? トーマスはまだ十六歳になったばかりです。そんな政略結婚は母親として認められません。トーマスの幸せを考えて下さい」


『メイサ、政略結婚はそんなに不幸なことですか? メイサは私と結婚して不幸だったのですか? 私はメイサと結婚しトーマス王太子を授かりとても幸せでした』


「……国王陛下」


 メイサの裏切りを知りながらも、『幸せでした』と言ってくれた国王陛下に、メイサは返す言葉もなかった。


「その幸せを壊したのは、私の浮気が原因だ。申し訳ないと思っています」


「国王陛下、私もトーマスも国王陛下には十分過ぎるほどの愛情をいただきました。王族のご子息から、ご養子を迎えた方が王家の血筋を絶やさなくてすむのではありませんか? 国民もその方が理解してくれると思います」


『メイサ、それは違います。国民はトーマス王太子を私の実子だと信じています。そのトーマス王太子を差し置いて王族より養子を迎えるなど、国民の反感をかうだけです。パープル王国の混乱を招かないためにも私はトーマス王太子を私の世継ぎとするつもりです。これは生母であるメイサの了承を得るためではなく、メイサへの報告に過ぎません。ピンクダイヤモンド公爵家の令嬢と婚約が整う前にトーマス王太子はクリスタルに戻します』


「……そんな。国王陛下は本当にそれでいいのですか? 王妃はそれをお認めなのですか?」


『これは王妃から申し出たことです。王妃も義母であるにも拘わらず、トーマス王太子を我が子のように可愛がっています。安心して下さい。王位継承者に相応しい教育もすでに行っています。トーマス王太子に寂しい思いはさせていません』


「国王陛下、その件はせめて夫と相談させて下さい」


『メイサの再婚相手はあくまでもトーマス王太子の義父にすぎない。それに再婚相手とメイサの間には、もう立派な跡取りがいるではありませんか。そのご子息はトーマス王太子とは異父弟になります。トーマス王太子に恥じないように、ご子息の教育係を王室から派遣してもいいと思っています。護衛が必要なら王室警察を常駐できるように、私からレッドローズ王国の国王陛下に提案します』


「それは必要ありません。私達の息子にはローザ・キャッツアイがついていますから」


『ローザさんですか。そうでしたね。彼女が傍にいるなら安心ですね。わかりました。では公務がありますので、これにて失礼します』


「国王陛下……。せめてトーマスに逢わせて下さい。国王陛下……」


 電話は一方的に切られてしまった。

 メイサは受話器を握りしめたまま呆然としていた。


 国王陛下に実子はいない。トーマスはいまでも国王陛下を実父だと信じている。


 (本当の父親はレイモンドなのに……。)


 ――その日、コーディと外出していたレイモンドがご機嫌で帰ってきた。年老いたサファイア公爵の領主代行として、レイモンドとコーディは二人で定期的に領地に出向き、サファイア公爵の代わりに領主としての役割を担っていた。


「メイサ、ただいま! ユートピアただいま! お土産がたくさんあるよ」


 上機嫌のレイモンドとは対照的に、メイサは浮かない顔だ。


「パパお帰りなさい! わーい! コーデリア、お菓子やフルーツがいーっぱいあるよ」


 ユートピアとコーデリアはお土産に夢中になっている。メイサはローザに子供達を託した。


「ローザ、ユートピアとコーデリアを頼みます。少しレイモンドと話しがしたいので」


「畏まりました。夕食の用意ができたらお呼びします」


「レイモンド、大切な話があるの。二階にきて」


「メイサにもお土産があるんだけど。どうかしたのか?」


「お土産はあとでいいから」


 メイサの様子にレイモンドは胸騒ぎがしてならなかった。二階にある二人の居住スペースにはリビングにバーカウンターもある。主寝室と隣室には子供部屋が二室ある。一室はユートピアの部屋、もう一室はいつか戻るであろうトーマスの部屋だ。


「メイサ、留守中に何かあったのか?」


「国王陛下から直々に電話があったの」


「国王陛下から? やっとトーマスの面会が許されたのか?」


 思わず笑顔を見せたレイモンドに、メイサは首を横に振る。


「違うのか?」


「国王陛下はトーマスをクリスタルに戻し王位継承者にするつもりなのよ。私の了承を得るためではなく、あくまでも報告に過ぎないわ。まだ十六歳になったばかりのトーマスとピンクダイヤモンド公爵家の令嬢の縁談があるみたいで、婚約が整う前に連絡してくれただけ……」

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