27
―レッドローズ王国―
あの事故の後、レイモンドと再会してメイサは結婚しユートピアを授かったが、国王陛下のご逝去により平和な家庭は壊された。
王室にトーマスを奪われて七年。
四月には十六歳となったはずのトーマスとは面会を許されず、ユートピアは五月で七歳になった。
この七年の間、メイサは家族四人で暮らせる幸せを夢見て希望は捨てなかった。ローザが王室の執事であるスポロンに何度も交渉したが、『トーマス王太子殿下は健やかに成長され、ご本人のご意志で王室に留まる決意をされているため、成人の儀を終えるまでは面会はできません。』の一点張りだった。
ローザは冗談とも本気ともとれない計画を持ちかけ、『トーマス王太子殿下を奪還するため、誘拐して他国にお逃げになりますか? 私が偽のパスポートや証明書は全て手配致しますよ』などと言ってくれたが、トーマスの幸せを考えたら、平民の嫡男として育つよりも、パープル王国のトーマス王太子殿下として育つことの方が幸せではないかと考えるようになった。
逢えない愛息は王立ジュニアハイスクールを卒業した。その卒業の様子も新聞を閲覧しただけで本人と電話すらできない状況にある。せめてもと王宮に祝電を送ったが、トム国王陛下はトーマスに届けてくれただろうかと、メイサは不安だった。
メイサにあんなにも優しかったトム国王陛下も、いまではトーマスを王室に残すことしか考えていないように思えてならなかった。全ては再婚した王妃の思うがままに進んでいるのかもしれない。
マリリン王妃はレイモンドの元恋人であり、トーマスがレイモンドの子であることは薄々勘づいているはずだ。トム国王陛下との間に子を授からなかったマリリン王妃は、レイモンドの血を引くトーマスを溺愛し、レイモンドを奪ったメイサへの憎しみを晴らすために、トーマスをメイサから奪ったに違いない。
あんなにも純粋で、レイモンドとメイサの恋を応援してくれたマリリンが、秘かに王妃の座を狙っていたなんて、歳月というものは人の人格までも歪めてしまうのものだと、メイサは悲痛な思いでいた。
メイサとレイモンドはトーマスにまだ真実を話してはいない。真実を知ればトーマスは王位継承を放棄してここに戻ってくれるかもしれないと、メイサは一筋の希望を抱いていた。
だがそれも、トーマスと面会すら許されないのなら、手立てはなかった。
トーマスを王室に奪われ、まだ赤子だったユートピアは兄の記憶すらない。二年前、当家に仕える執事のコーディとエルザの間に第一子の男児が生まれコーデリアと名づけた。名付け親はメイサだ。ユートピアとコーデリアは兄弟のように同じ屋敷で育った、
子供達の賑やかな声が響くブラックオパール家だが、レイモンドもメイサもここにトーマスがいないことに一抹の寂しさを抱いていた。
(トム国王陛下を実父だと信じているトーマスに真実を話す時期がきている。もはや成人するまで待つことはできない。)
メイサはコーデリアと仲良く遊んでいるユートピアを見つめながら、そう考えていた。
――その時、不意に電話が鳴りエルザが応対した。エルザは大変驚いたようにメイサを見つめ受話器を差し出した。
「メイサ妃、国王陛下よりお電話です」
「スポロンではなく、国王陛下ですか? トム国王陛下が私に直々に?」
「はい。メイサ妃に大切なお話があると。どうされますか?」
「わかりました。代わります」
メイサは緊張しながら受話器を受け取った。『トーマスを返して欲しい。それが無理ならせめて面会させて欲しい』と交渉するためだ。
『メイサ、私だよ』
トム国王陛下は王太子殿下だった時と変わらぬ穏やかで優しい口調だった。
「国王陛下、お久しぶりです。国王陛下からのお電話、感謝申し上げます。お話とはトーマスのことですよね? あれからもう七年も経ちました。お願いです。あの子の親権は私にあります。トーマスに逢わせて下さい」
『それはわかっています。メイサに理不尽なことをしていることもわかっています。これは王室を存続させるための大切な話です。メイサも知ってのとおり、私と王妃との間に子供はいません。パープル王国の王室を存続できるのはトーマス王太子だけなんです』
「それは国民を裏切ることになるのではありませんか? だってトーマスは国王陛下とは……」
メイサはそこまで言いかけたが、これ以上は無礼になると口を噤んだ。
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