【5】王太子殿下の出世の秘密
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◇
トーマスは窓の外を眺めながら、自分の生い立ちを思い返していた。
トーマス王太子殿下と国民から呼ばれているが、現実はトーマス・クリスタルではなく、実母の再婚相手であるレイモンド・ブラックオパールの養子であり実名はトーマス・ブラックオパールだ。
トーマスには父が二人いた。実父は誰もが知るこのパープル王国の国王陛下、トム・クリスタルであり、国王陛下の元お妃であったメイサ妃との間に生まれたのがトーマスだった。
詳細は大人の事情とやらで聞かされてはいないが、口の軽い使用人に金子を渡し聞いた事実が本当ならば、『義母の王妃は父がまだ王太子殿下だった頃、当時実母のお付きのメイドであり父と一夜を共にしたことでご懐妊したと診断書を提出し、父に結婚を迫り母を離縁に追い込んだらしい。だがご成婚が整えばすぐに流産し、王宮の産科医の診察も受けず、ご懐妊は母を王宮から追い出すための嘘ではないかとの疑惑が持ち上がった』とのことだった。
(……まさか、あの優しい王妃がそんなことをしたなんて信じられないし。母や私を愛してくれていた父が浮気をするなんて信じられなかったが、王室にはお妃以外に第二夫人や第三夫人を持つことも珍しくないらしいのに、父は第二夫人とはせず責任を取り王妃と結婚したことは、男として真摯な態度だと理解はしている。)
義父、レイモンド・ブラックオパールは母の実家であるサファイア公爵家に仕えていた執事だった。母は公爵令嬢だったにも拘わらず、離縁したあと、一時行方不明となっていた執事が発見されるや否や、駆け落ち同然にサファイア公爵家を出て義父と再婚し町民となり弟ユートピアを授かった。
(それはそれで自然に囲まれた楽しい生活だったが、私が九歳の時お祖父様である国王陛下がご逝去され、子供のいない父に私は急遽引き取られ、その後、実母や義父、弟には逢わせてもらえない年月が続き、早七年の時が流れた。今年の五月、弟のユートピアはもう七歳の誕生日を迎えただろうか……。)
「私のことなんて、母も義父も弟も顔すら忘れてしまったかもしれないな。本当に私を愛しているなら、私を奪い返しに王宮に来てくれるはずだとずっと信じていたのに、母と義父の愛情はもう私には向いてはいない。ユートピアさえいればいいに違いない」
トーマスはクリスタルの姓にはいまだに戻ってはいない。成人するまで義父の姓のままでいれば、母が必ず迎えに来てくれると信じていたからだ。
(でもそれは叶わなかった。母も義父も私を見捨てたんだ。それならそれでも構わない。私を愛してくれる父、国王陛下と王妃がいるのだから。)
それでも時折、トーマスは淋しくてたまらなくなる時がある。その寂しさを紛らわせるために、時に悪戯をしたりスポロンを困らせたりはしたが、国王陛下や王妃の前では良い息子を演じ続けていた。
どこに行くにも必ずリムジンの送迎付き、しかも護衛までついてくる。正直自由な暮らしに戻りたいと思うこともあるが、パープル王国の行く末を考えたら、もうこの王宮から抜け出すことはできないのだろうと、トーマスは思っていた。
今は七月、王立のジュニアハイスクールを卒業し、九月からシニアハイスクールになる。今日はジュニアハイスクールの学友と久しぶりに学校で逢ったが、みんなはトーマスを特別扱いして、心から親友と呼べる者は一人もいなかった。
学校から戻り、リムジンから降りると強い太陽の陽射しが眩しくて瞼を閉じた。
その時だった。
――ヒュウ〜ヒュウ~
と、口笛の音色がして思わずトーマスは振り返る。
隣接する宿舎のベランダに、可愛い女子がいた。ショートカットの黒髪に大きな目。離れた距離からでも、彼女の自然体の愛らしさは一目で分かった。
何よりも、このパープル王国で自分と同じ黒髪が嬉しかった。
窮屈な王宮の生活、トーマスの心の中にちょっとした悪戯心が芽生えた。
トーマスの教育係り兼執事のスポロンにこっそり耳うちをする。
スポロンはほとんど人前では笑わないが、トーマスの前ではジョークのわかる祖父のように優しい男だ。
トーマスのふざけたゲームに、スポロンはニンマリと笑った。
トーマスの前で、あんなにも無防備で生意気なあの子を、トーマスが何日で親密になれるかスポロンとゲームをした。トーマスは一ヶ月。スポロンは『彼女は無理でございます』と断言した。
スポロンに連れられて来た彼女は、見た目と違って、口調は生意気でますますトーマスの闘争心に火が点いた。
トーマスは町民の粗末な暮らしは知っていたが、わざと世間知らずで我が儘な少年を演じた。
(さあ、ゲーム開始だよ。
彼女が他の学友みたいに王太子の私に
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