24
「はい、畏まりました」
スポロンが一礼しドアノブに手をかけた。
(これは、ヤバい。ホワイト王国の借家も借地も返却し、転校手続きもとったばかりだ。いま解雇されたら戻るところはない。親子三人土手で野宿確定だ。)
「ま、待って、待って下さい。両親が私のせいで解雇されたら、行く所がなくなります」
少年は勝ち誇ったように口角を引き上げた。
「だったらどーする? セブン?」
「……っ、わかりました。日曜日だけあなたのメイドをすればいいのね?」
「セブン、『あなた』じゃないよ。私は君の『ご主人様』なんだから。ご主人様と呼ぶように」
(親の権力と財力にあぐらをかいている馬鹿息子。もしかしてスポロンの息子? 親子でこの茶番劇をしているなら、この少年を一発殴っていいですか!)
ルリアンは怒りから思わず拳を握る。
「セブン、早速だけど、明日は日曜日だから」
「えっ?」
ルリアンはすっかり忘れていたのだ。
今日が土曜日だということを。
「明日、九時でいいから。午前九時に私の部屋に来るように」
(午前九時に彼の部屋? 朝っぱらから彼の部屋で何をするのよ。)
「私に何をさせるつもり?」
「それは色々あるだろう」
(色々って何よ。ニヤニヤしていやらしい。本当にサイアクだよ。)
「スポロン、ご苦労だったね。もう彼女と下がっていいから」
「畏まりました。さあ、セブンさん参りましょう」
「スポロンさん、私の名前はセブンではありません!」
スポロンは無表情のまルリアンと共に退室する。
(まじでありえない。まじで最悪。まじで地獄。どうして私が?)
「あの……スポロンさん?」
「セブンさん何でしょう?」
「だから、私はセブンではありません。ルリアン・トルマリンです」
「存じ上げてますが、一応セブンさんと命名されましたので」
「……バカバカしい。それよりメイドが日替わりって本当ですか?」
「えっと、そーですね。その件は本当ですよ」
一瞬、スポロンは言葉に詰まった。でもどうやら本当らしい。
「それで、私は明日何をすればいいのですか?」
「それはですね。明日ご主人様が指示なさるでしょう。とにかく時間厳守です。午前九時より少し早めに来て下さい。メイドの制服を支給しますから」
「制服? まさか、私にメイド服を着ろと?」
「はい、ご主人様のメイドなのですから、当たり前です」
ルリアンを見て初めてスポロンの口角が上がったような気がした。
(メイド服って、あのメイド服? 勘弁してよ。私はここで働くつもりはないんだから。大体、明日何をするのかも知らされてないし。メイドだから部屋の掃除かな? ベッドメイキング? 他には? まさか添い寝とか?)
「あっそれと日曜日は午前九時までおやすみなので、優しく起こして差し上げて下さいね。それとその言葉遣いはいけません。使用人らしくご主人様には敬語でお願いします」
「……わかりました。優しく起こすとは?」
「モーニングキスです。遅刻はダメですからね。勿論、無断欠勤は認められません」
「モーニングキス!? あの人と!?」
「ご両親ともなさるでしょう。朝のご挨拶です」
「両親とはしません。とくに義父とは死んでもしません。それなのに赤の他人とモーニングキスだなんて、それはメイドの仕事ではありませんよね」
「なるほど。さようでございますか。パープル王国の王室ではモーニングキスはご挨拶です。国民の目覚まし時計と同じでしょうか」
「この国の王室のしきたりを守れと? 月曜日から土曜日のメイドはみんなあの人をモーニングキスで起こすのですか? ハレンチですね。それともキスで目覚めたいド変態ですか」
「ド変態とは失言ですよ。あのお方を誰だとお思いですか? 飾り棚の写真立てを見られたのでは?」
「写真立てはありましたが、見てる暇はありませんでした。あの人は誰なんですか? 私と同じ黒髪だけど、気位が高く移民でもなさそうだし」
「まだお気付きにならないとは。あのお方の黒髪は御生母様であるメイサ妃の遺伝です。トーマス王太子殿下をご存知ないとは、だからあのような無礼な話し方をされていたのですね。まあ、トーマス王太子殿下もそれが気に召したのでしょうけど」
「ふーん。トーマス王太子殿下。えっ? はあっ? あの人がトーマス王太子殿下ですか!?」
あの生意気な美少年が、トーマス王太子殿下だと知り、ルリアンは驚きのあまり顔面蒼白となり腰を抜かしそうだった。
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