23

「……口笛? あ、あれはそのお……あの人に向けて吹いたわけではなく、空を飛んでいた鳩に吹いたのです」


「鳩は空を飛んでいませんでした」


 ルリアンは慌てて口笛を否定したが、スポロンは即否定し顔色ひとつ変えない。


「私と一緒に来て下さい」


「わ、わ、私はあなたに用はありません」


「問答無用! 早く来なさい。ご主人様が呼んでいるのですよ」


「ご……ご主人様? 王宮で下働きをするのは両親で私は関係ありません。きゃあ! 痛いってばっ! 腕を離してよ。やだあ、奴隷商人に売り飛ばさないで」


「奴隷商人? 何の話ですか?」


 ルリアンはスポロンに腕を掴まれ、あの夢の城、パープル王国の王宮へと連行された。


 (まさか……口笛だけで、投獄や処刑なんてしないよね? 私はまだ十七歳なんだから。口笛くらいでガタガタ騒がないで。)


 王宮の裏手に回ると使用人が利用する通用門があり警備室での身体チェックをすませ、裏口のドアから入る。広い通路の両端には給仕室や洗濯室など様々な家事をこなす部屋や、メイドや執事の控室等に分かれていて、その先には複数の警備員がいて、銃弾をも通さないような重厚な扉を開くと王宮の広い廊下に通じていた。


 一面大理石の床、淡い紫色の壁。天井にはシャンデリア。壁にズラリと掛けられた絵画はまるで美術館に迷い込んだみたいな錯覚にとらわれるほど、有名な画家の作品ばかりだった。


 大理石の廊下には高級な装飾品で彩られまさに夢の城。思わずルリアンの口から羨望のため息が漏れた。


 スポロンに通されたのは応接室だった室内の飾り棚には若き日の国王陛下や王妃、幼き王太子殿下の写真も飾られていて、謁見の間や、来賓用の応接室ではなく王族の方々が平生使われている部屋だと思われた。


 だがその広さは想像を超えるものだった。トルマリン家に与えられた宿舎ニDK全室の数倍はある広さだ。その広さに圧倒され目を見開いていると、広いリビングの奥に人の気配を感じた。黒の皮張りのソファーに生意気にも深々と腰掛けている、黒縁眼鏡の少年がいたからだ。


 さっきはベランダから遠くてよくわからなかったが、少年の眼鏡の奥は二重で大きな目、鼻筋も通っていて知性溢れる美少年だった。


 (制服も高級な生地だし、育ちも頭も良さそうだ。貧しい家庭の私とは大違い。でも態度は大きく謙虚さは微塵も感じられない。)


「君か? さっき私に口笛を吹いた無礼な女子は?」


「無礼な女子? 何よそれ。初対面なのに それが女性に対する言葉? パープル王国は女性を蔑視するの? あなたが誰かは知りませんが、この宮殿に住まわれているのなら、女性に対する接し方を母親に教えて貰わなかったの?」


「何だと? 本当に無礼な女子だな。君があの宿舎に住んでいるという事は、この王宮の使用人なんだろう」


 少年は偉そうに腕組みしながら、ルリアンを見据えた。


 (本当に生意気だ。先ずは自分の名を名乗るべきでしょう。)


「そうだけど。それがなに? 両親が王宮の使用人でも、私には何の関係もないわ。大体、私は転校なんてしたくなかったんだから。パープル王国に義父を呼び雇用してくれた方が、王室のどなたかは知りませんが、だからって口笛くらいで私をここに呼び出すなんてあなたは何様なの? 自分が金持ちだと私に自慢したかったの?」


 少年は黒縁眼鏡の縁を右手で引き上げ、万年筆でトントンと机を叩きスポロンに視線を向けた。


「スポロン、クビにしろ」


「はあっ?」


「君の父親はクビにするって言ったんだよ」


「ま、待ってよ。今日来たばかりなのよ!? そんなことでクビだなんて……。大体、あなたに何の権限があるの? 私と同じまだ学生なんでしょう」


 ドアの前に立っているスポロンは顔色ひとつ変えず、黙って二人の話を聞いている。


「父親が解雇されたら困るのか? 君みたいなじゃじゃ馬はパープル王国のハイスクールで友人もできないよ。父親が解雇されたくなければ……そうだな、交換条件だ。君の父親を解雇しない代わりに、君を私のメイドに任命する。君は七人目のメイドだ」


 (一体、なんなの? この生意気な馬鹿息子は。)


「ふざけないでよ。どうして私が見ず知らずのあなたのメイドにならないといけないの? 私は使用人としてここに来たわけじゃない。大体、七人目のメイドってどういう意味よ」


「私の専属メイドは日替わりなんだよ。月曜から日曜まで毎日違うんだ。まだ学生の君は日曜日の担当とする。メイドネームは……そうだな、セブン」


 口元を緩ませながら少年がルリアンを見た。


 (こんな少年のメイドになるくらいなら、奴隷商人に売られて農村で百姓をした方がマシだ。大体、日替わり弁当じゃあるまいし、毎日メイドが違うってなんなの?)


「家が貧しいからってバカにしないでよ。何がセブンよ。冗談じゃない、誰があなたのメイドなんかに……」


「じゃあ、クビ確定だ。スポロン、お父様にそう伝えて。娘の粗相で雇用は取り消し、今すぐ宿舎を引き払うようにと」


 少年は偉そうにスポロンにそう指示をした。


(雇用は取り消し!? 今すぐ宿舎を引き払う!? お父様って……? お父様って、この少年の父親は誰? )

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