22
(あの宮殿って何部屋あるんだろう。トイレはバスはいくつ? パープル王国の国王陛下や王妃、王太后が住まわれてるんだよね? まるで夢の国だ。)
二DKのこの宿舎と比較するべきではないが、女性なら誰でも一度は入ってみたいと思える夢のお城だった。
両親は使用人に連れられ王室関係者に挨拶に向かった。一人残されたルリアンはベランダのフェンスに頬杖をついて、紫色の薔薇の咲き乱れる美しい庭を眺めていた。両手の親指と人さし指を合わせて額縁みたいにして覗くと、まるで美しい絵画のようだった。
しばらくして正門が自動で開き、黒いリムジンがスーッと敷地内に入った。護衛の後続車もそのあとに数台続く。
その車が宮殿の前に止まると、運転手がすかさず降りて、後部座席のドアを開けた。運転手は深々と会釈している。
(まさか……王族!?)
(まさかまさか……国王陛下!?)
ルリアンは興味津々に車を見入る。
車の後部座席から降りて来たのは、制服を着た少年だった。
(なんだ、国王陛下じゃないんだ。一度でいいから、本物の国王陛下や王妃に逢ってみたい。少年はハイスクールなのかな? まさかリムジンで通学? 私は片道一時間かけて山道を徒歩通学だったのに。ていうか、今は夏休みだよね? どうして制服なのよ? まさかの補習授業? 意外とおバカさんだったりして?)
ルリアンは一人でブツブツ言いながら、遠くにいる少年に見入る。
(パープル王国の国王陛下には確か王子が一人いたはず。でもあの少年じゃないよね? だって、国王陛下も王妃もこの国民の殆どはシルバーの髪色なのに、彼は私と同じ黒髪だ。でもリムジンに乗ってたから、使用人のはずはないし……。)
ホワイト王国の田舎から出てきたルリアンは、興味津々で身を乗り出す。
少年は高身長だが体型は痩せ型で力仕事なんて出来そうな体格ではない。つまり腕力はなく見るからに喧嘩は弱そうだ。
ルリアンは面白半分に口笛を吹いてみた。
この宿舎のベランダから吹いた口笛が、遠くにいる少年に聞こえるなんて思ってもいなかったからだ。
――ヒュウ〜ヒュウ~
ルリアンは口笛は苦手だ。いつもなら掠れた音しか出ないのに、その日に限って意地悪な風に乗り、口笛の澄んだ音色が静かな王宮の庭に響いた。
リムジンから降りた少年が、一瞬、口笛の音色に反応した。そしてゆっくりと振り向いた。
(ま、まずい! なんで聞こえるのよ。どれだけ聴覚がいいの? 黒髪の異能者か?)
少年はその視線を宿舎に向け、ベランダを見上げた。
遠くて顔はよくわからなかったけど、黒縁の眼鏡のレンズが、太陽の光でキラリと光った。それはルリアンにはとても不気味に見えた。
少年はまだこちらを見据えている。
ルリアンは思わずベランダに身を屈め、後退りして、慌てて部屋に飛び込んだ。
「わ、わ、わ、こっち見てたし。あの人誰? 王太子殿下のご友人? それとも家庭教師? 寿命が縮まったでしょ。顔見られたかな?」
(でも宮殿の正面玄関とはかなり離れてるし、こちらも顔はよくわからなかったんだから、向かうも顔は目視できないよね。)
宮殿で親が下働きしても、ルリアンには関係ないことだと、その時は安易に考えていた。
ルリアンは開き直り、家から持ってきた揚げ芋をおやつにボリボリ食べながら、寝転がって本を読んでいた。その本は貧しい少女が魔法使いに一夜限りの魔法で美しい令嬢となり、舞踏会で王子様に見初められ、魔法が解ける寸前に片足だけガラスの靴を置いて立ち去る物語だ。王子様はガラスの靴を頼りにその美しい令嬢を捜す。
「どうしてガラスの靴だけ魔法が解けなかったのかな? 本当ならガラスの靴が長靴か破れたサンダルになるはずなのに。変なの」
――その時だった。不意に玄関のチャイムが鳴った。
(誰? まだ同じ宿舎に知り合いなんていないし。両親なら鍵を持っているはず?)
(何かの勧誘かな?まさか、両親と私を引き離して、奴隷商人が私を浚いに来たとか? ……それはさすがにナイか。)
ルリアンは仕方なく起き上がり、玄関の鍵を開けた。
ドアの外に立っていたのは黒いスーツを着た恰幅のいい男性だった。いかにも気品のある紳士という感じで、義父のタルマンや農村の男性とは明らかに異なる。
「あの……どちら様ですか? 両親は王室関係者に呼ばれて、今は留守なんですが……」
ルリアンは男性に恐々と話しかけた。手には箒を握っている。いざとなれば立ち向かうためだが、完全に腰は引けている。か弱い少女を相手に男性は無表情で淡々と話しかけた。
「ええ、それは存じ上げてます。本日付けで雇用されたトルマリンさんですよね。
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