18

 ◇


 ディナーのあと、エルザはローザとキッチンで後かたづけをし、レイモンドはユートピアと一緒に入浴した。


「あのレイモンドが子供を沐浴させるなんて、驚いたな」


「コーディ、レイモンドはとても子煩悩なのよ。トーマスもよく懐いていて、私達のことを『パパ』『ママ』と呼んでくれたわ。私達は平凡な暮らしをしたかっただけなのに、こんなことになってしまって、レイモンドには面会の権利すら与えられなかった。どんなに傷心していることか。コーディ、レイモンドの話し相手になって下さいね」


「勿論です。立場は変わりましたがレイモンドは私の良き友ですから。メイサ妃は変わられましたね。とても心穏やかになられた」


「まあ、まるで昔の私が鬼だったみたいね」


「い、いえ、とんだご無礼を。決してそういう意味では……」


 コーディは慌ててメイサに謝罪した。メイサはそれを見てクスクスと笑っている。


「コーディのいうとおり、私は我が儘で自己中心的な公爵令嬢だったわ。使用人に鬼と呼ばれても仕方がないくらい。いつからかしら……レイモンドが別人のように思えて。レイモンドに惹かれているのに、宿命には逆らえなかった。でもあれから私も少しずつ変われた気がするの」


「レイモンドが別人のように? 確かに……昔のレイモンドとは少し変わりましたよね。私は幼なじみですが、人は年齢を重ねれば性格も変わるものです」


「そうね。私自身も変わりましたから。親になれば命の優先順位も変わる。自分の命よりも子供の命が一番大事。コーディもエルザとの間に子を授かれば、自分の命よりも大切なものの意味がわかるわ。あなた達は夫婦なのだから、一階の二間続きのゲストルームを使いなさい。ローザはユートピアや私達の護衛も兼ねて、二階の子供部屋の隣室を使用させます」


「ローザさんが護衛ですか? あの年齢で護衛はご無理では? 私達が二階で護衛いたします」


 メイサはクスクスと笑った。ローザは年齢不詳、老婆は仮の姿。真の姿は要人警護の私服警官なのだから。


「コーディとエルザは新婚ほやほやなのよ。二階でイチャイチャされたらたまらないわ。心配御無用、ローザはああ見えてとても頼りになる侍女ですからね」


「イチャイチャだなんて、照れますね。メイサ妃がそう仰るならそうさせてもらいます。あんな立派なゲストルームを執事とメイドに与えて下さるなんて感謝申し上げます」


「レイモンドの友は私の友でもあります。友の愛妻も私の友です。トーマスを取り戻せるまで、よろしくお願いしますね」


「トーマス王子殿下を王宮から取り戻す? 

そんなことが可能なのでしょうか?」


「わからないわ。全てはトーマスの意思に委ねるつもりだから。あの子が私やレイモンドではなく、トム王太子殿下を選ぶのならば、それは致し方のないこと。パープル王国にとってトーマス王子はなくてはならない存在。このまま解放されないかもしれない。私達はそうならないことを願うばかりです」


「そうですね。トム王太子殿下はともかく王妃に洗脳されなければよいのですが、私達もそう願っております」


 レイモンドがユートピアをタオルにくるみ応接室に戻ってきた。メイサは直ぐさま立ち上がり、ユートピアの身体を丁寧に拭き衣服を着せた。


 コーディはその様子を見つめながら、メイサが本当に良き母となったことを実感していた。


「コーディ、一緒にワインでも飲まないか?」


「いいのですか? 私は執事ですよ」


「やめてくれ、コーディは私の友人だ。ローザさんもエルザも一緒にいかがですか?」


 ローザはユートピアを抱き上げ、エルザはメイサの入浴の支度をはじめた。


「殿方二人でどうぞ。執事の仕事時間は終えております。時間外の行動は私が口を挟むことではありません。私は二階でユートピア様を寝かせつけてまいりますゆえ。ご主人様、これにて今夜は失礼致します」


「ローザさん、ありがとう。でもご主人様はよして下さい。レイモンドで結構ですから」


「そうは参りません。メイサ妃のクローゼットに隠れていた頃ならともかく、今では私の仕えるメイサ妃の夫なのですから」


「ク、クローゼット!? まさか、気づいていたのですか!?」


「当たり前です。私の鼻は犬並ですよ。誤魔化された振りをしたまで。ではお先に失礼します」


 (まさか、初めてこの世界に飛ばされた日に、メイサのクローゼットに隠れていたことに気付いていたとは。ローザは恐るべし、嗅覚だ。)

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