17

「あの我が儘で何もできなかったメイサ妃が、料理をされていたとは。良き母になられましたね。ユートピア様は私が子守しておりますゆえ、エルザ、メイサ妃に料理を教えて差し上げなさい」


 エルザはローザの言葉に驚きを隠せない。


「えっ!? あ、はい。ではメイサ妃ご一緒にキッチンへ参りましょう」


 メイサはトーマスのいない寂しさを料理や家事をすることで紛らわせたかったに違いない。


 レイモンドはコーディと一緒に裏庭に行き、三羽の鶏を小屋に入れた。


「コーディ、この小屋はいつ作ったんだ?」


「これはスポロンさんの命令だよ。トーマス王子殿下がスポロンさんに『おじさんに鶏を買って来て貰うんだ』って、話したらしい。それで急いで鶏小屋を作るようにとのお達しが出て、朝、大工に急ぎ作らせた。それよりおじさんて誰のことだ? レイモンドのことか? トーマス王子殿下はレイモンドを義父と認めてないのか?」


「違うよ。おじさんとは元タクシー運転手のことだ。訳あって一緒に行動していたが、万が一私が捕らわれたら、彼も巻き添えになると思って逃がしたんだ」


「元タクシー運転手か。メイサ妃とトーマス王子殿下を騙してホワイト王国の古民家に軟禁した犯人も確かタクシー運転手だったらしいな。その人もグルじゃないのか?」


 (キダニさんは現世から俺と一緒に来た。ストーンとそんなことはできない。)


「まさか。キダニさんもストーンに騙されたんだよ。彼に罪はない。彼は私の命の恩人だ」


「そうか……。五年前の事故で昏睡状態になって所在不明者扱いされた原因も、もとはと言えばそのタクシー運転手の起こした事故だろ。命の恩人どころか暗殺者かも? もしかしたらレイモンドは死んでたかもしれないんだぜ」


 コーディはレイモンドとキダニが違う世界からこの世界に転移したことを知らない。この世界で生きているコーディにここは創られた異世界だとは、さすがにレイモンドも言えなかった。


「タクシー運転手のおかげで私は助かったんだよ。だから、キダニさんのことは悪く言わないでくれ」


「ごめん。レイモンドも色々あって疲れただろう。とにかく無事でよかった。これでレイモンドもお咎め無しだ。安心しろ、このコーディがレイモンドの執事となり警備も万全だ」


「頼もしいよ。二人だけの時は普通に話してくれ。コーディはこの世界でたった一人の大切な友人だ。現世と同じように話し相手になって欲しい」


「現世? 現世って? ここだろ?」


「えっ……と、そうここだよ。これからもずっと友人でいて欲しいってことさ」


「勿論だよ。さてと、鶏にも腹いっぱい餌を食わせないとな」


 笑顔のコーディに、レイモンドは真実を語れず申し訳ないと思った。


 (今度、いつ現世に戻れるのだろう。現世には美梨や子供達を残したままだ。もしかしたら美梨の身にも同じようなことが起こっているかもしれない。そんなこともわからないまま、俺は一体、いつまでレイモンドを演じなければいけないんだ。)


 ◇


 夕食はエルザとメイサが作った料理がテーブルに並んだ。今まで粗末な野菜スープやカチカチの硬いパンばかり食べていたため、コーンスープや新鮮な魚介類のサラダ、仔羊のステーキは比較にならないほど豪華なものだった。


 レイモンドとメイサだけが食卓につき、コーディもエルザも甲斐甲斐しく二人の食事の世話をする。


「ねえ、ローザ。ユートピアも眠ってるし、食事は五人で食べましょう。その方が賑やかで楽しいわ。レイモンドもそう思うでしょう?」


「メイサがそう思うなら、私もみんなと一緒に食事したいよ」


 メイサはレイモンドの言葉に頷く。


「私達は普通の暮らしを望んでサファイア公爵家を出たのよ。これでは公爵家と同じだわ。これは私の命令です。ローザ、いいわね?」


「メイサ妃がそう仰るなら異論はございません。コーディもエルザも同席させていただきなさい」


 コーディとエルザはメイサの提案に顔を見合わせた。


「ローザさん、私達が同席していいのですか? 同じものを食していいのですか?」


 ローザは黙って頷くと、スタスタとダイニングテーブルに歩み寄り椅子に座った。


「ごめんなさい。エルザ、申し訳ないけど自分達の食事を運ぶついでに、私の食事も用意していただけるかしら?」


「は、はい! 畏まりました!」


 二人は急いで食事の用意をした。五人で囲む食卓は身分の差を超えてとても賑やかで楽しい食事だった。

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