13

 ◇◇◇


 市場から帰宅したレイモンドとキダニは、寝室のベッドの上に残された紫色のドレスを見て、二人が不在の間に何が起こったのか推測はついた。


 忽然と消えたメイサや子供達を心配し、家の周辺を捜したがやはり見つからず、隣家の老夫婦から赤いドレスに身を包んだメイサが高級車に乗り込み連れ去られたことを知った。


 傍には古民家の所有者であるガイ・ストーンも一緒だったとわかり、欲に目が眩んだストーンに罠に嵌められたことを悟った。


 キダニは万が一メイサや子供達が戻らない場合、ここにいるのは危険だとレイモンドを諭し、荷物を纏めるように促した。


 いざとなれば林檎農園で臨時に住み込みとして働くことも視野に入れ、レイモンドも荷物を纏めたが、元はといえばメイサと子供達だけを残して外出した自分にも非があると踏みとどまる。


「キダニさん、私は一晩だけ三人を待ちたい。まさかトム王太子殿下が三人を捕らえることはないでしょう。捕らわれるなら私の方です。王室警察も私を捜しているかもしれません。キダニさんを巻き込みたくない。あなただけでも逃げて下さい。必ずまた逢えます。いつか二人で現世に戻りましょう。さあ、早く行って下さい」


「レイモンドさん……。いえ、秋山さん。あなたはこの世界に残るおつもりなのですか? メイサさんや二人の御子様は確かに奥さんやタカ坊に似ています。でもそれは違う。本当のご家族はきっと現世で生きています。あなたを待っているはずです。だって、あなたが私に言ったんですよ。ここは現実世界ではない。ゲームの世界だと。誰かが創ったゲームの世界だと。だったら偽りの世界でしょう」


「わかっています。メイサは美梨ではないことくらい。でもこの世界にいる以上、メイサや子供達を見捨てるわけにはいかないのです。例えゲームのキャラクターのレイモンドの身代わりで捕らわれて処刑されたとしても、キダニさんだけには生きていて欲しい。あなたは私の大切な伯父さんなんですから」


 キダニはレイモンドの言葉に涙を拭った。


「わかりました。私はホワイト王国の林檎農園に行きます。困ったことがあればいつでも私を頼って下さい。連絡があればすぐにあなたを助けに車をとばしてきますよ。市場で購入したものは置いていきますね。トーマス王子と約束した鶏です。またいつの日か必ず逢いましょう」


「はい」


 レイモンドとキダニはガッチリとかたい握手を交わした。キダニはリュックに少しばかりの食材を詰め込んだ。そして林檎を数個掴むとリュックの中に入れた。


「キダニさんがあの軽トラックを使用して下さい」


「それではあなたが逃げられない」


「私はどうせ逃げきることなど出来ません。逃げたとしても王室警察に追われるでしょう。軽トラックは途中で乗り捨てた方がいい。軽トラックの所有者はストーンだ、キダニさんまで窃盗罪になっては困りますからね」


「……わかりました。私がストーンを頼ったばかりに、こんなことになるなんて。本当に申し訳ありませんでした。現世に戻る時は一緒ですからね。レイモンドさん、お元気で」


「はい。キダニさんもお元気で」


 リュック一つで軽トラックに乗り込んだキダニをレイモンドは静かに見送った。もしかしたら、このまま一生メイサにもトーマスにもユートピアにも逢えないかもしれない。本当に王室警察に捕らわれ処刑されるかもしれない。


 (ゲームの世界で処刑されるなんて、どんな拷問が待っているんだよ。そもそもレイモンドはメイサを略奪したのか? ちゃんと離縁したのになぜ?)


 レイモンドには言い知れぬ不安と恐怖がのしかかる。美梨や昂幸、優の笑顔を思い出しながらレイモンドはポツリと呟いた。


「やっぱりお父ちゃんはまだまだ三十点のままだな」


 ――キダニが出立して数時間が経過。キダニは無事に林檎農園に逃れたはずだ。


 レイモンドはキダニの残していった林檎を一つ掴み皮のまま齧り付き空腹を満たし、灯りを消した家の中で身を隠し、窓の外だけを無言で見つめていた。

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