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「メイサ妃はトム王太子殿下との約束を破りました。その罰としてトーマス王子殿下は暫く王宮で預かります。その代わりメイサ妃には月に一度の面会の権利は差し上げます。メイサ妃にはその御子様がいるでしょう。これからも子宝に恵まれるかもしれない。ですがトム王太子殿下には子息はいません。トーマス王子殿下は我がパープル王国の王位継承者、本日はこのままお引き取り下さい」


「……そんな。トーマス王子に逢わせて下さい。あの子と話をしてトーマス王子の意思を尊重したいのです。王妃、お願いです」


「トーマス王子殿下は私の大切な孫ですよ。それなのに小汚い農村の古民家で町民として過ごしているそうではありませんか。養育や生活するには十分すぎるほどの金や金貨を渡したにも拘わらす、王位継承者としての教育も怠り、トーマス王子殿下に粗末な暮らしを強いるとは。何に使い果たしたのですか? そのような母親に大事な王子を養育する権利はありません。ただし、このまま一生逢わせないとは申してはいません。月に一度謁見の間での面会日にはこちらから迎えを差し向けます。それでよろしいですね。さあスポロン、メイサ妃を自宅まで送り届けて差し上げなさい」


「はい、畏まりました。さあ、メイサ妃、こちらへ」


「……そんな。そんなバカな話がありますか? これでは私を騙してトーマスを無理矢理奪い、王宮に拉致監禁するのと同じではないですか」


 メイサは怒りのあまり、王妃に楯突いた。


「この私がトーマス王子殿下を拉致監禁したと? 無礼者! メイサ妃、口を慎みなさい。そもそもその赤いドレスは私への当てつけですか? スポロンからこの国のドレスは受け取ったはず。それなのに赤いドレスで訪れるとは下品極まりない。パープル王国の元お妃なら、紫色のドレスでないと謁見の間に二度と足を踏み入れることは許しません」


「お待ち下さい! 王妃! 王妃!」


 王妃はそのまま謁見の間を出て行く。

 メイサ妃は護衛の者に阻まれ、王妃を追うこともトーマス王子を奪い返すことも出来ないまま、ユートピアを抱きしめたままその場に泣き崩れた。


 (まんまと騙された。ストーンだけではなく、王妃にもトム王太子殿下にも。私からトーマスを奪うために、この王宮に呼んだのだ。)


 メイサは『トーマス王子はトム王太子殿下の子ではありません』と喉元まで出かかったが、真実をまだ知らないトーマスの心に傷を負わせることも、王子と偽証したことでトーマスが処刑されることも怖くて、その言葉をのみ込んだ。


 スポロンと一瞬に公用車に乗り込んだメイサは、スポロンからこう告げられた。


「メイサ妃の憤りは重々承知しておりますが、あなたやその御子様の命を奪わなかったのはトム王太子殿下のご命令があったからです。それがなければ無事に王宮を出ることは出来なかったやもしれません。トム王太子殿下は今でもメイサ妃をトーマス王子殿下の御生母として認められているのです。私にも無礼のないようにと申されました」


「……トーマスを奪っておいて、そんな言葉で納得できるとお思いですか? 私はストーンに騙されたのですよ。王室の方々にも裏切られた。信頼していたトム王太子殿下にまで」


「憤りはわかっておりますが、先にトム王太子殿下とのお約束を破られたのはメイサ妃です。ストーンは報奨金欲しさに古民家にトーマス王子殿下を軟禁した罪で、今頃は王室警察の牢獄の中でしょう」


「ストーンに報奨金を支払ったのでは?」


「王妃がそのようなことをなさるとお思いですか? 王妃にとってパープル王国の王家の存続こそがなによりも重要なのです。メイサ妃に面会の権利を与えると条件を出されたのはトム王太子殿下です。どうかトム王太子殿下を信じてトーマス王子殿下を我がパープル王国にお預け下さい。この私が将来の国王陛下に相応しい教育を致します。トーマス王子殿下は賢いお方。トム王太子殿下のように、心優しい王太子殿下になられることでしょう」


 メイサは涙を堪えながら、スポロンの言葉に唇を噛み締めた。


 ◇


 メイサ妃とスポロンの乗った公用車を取り囲むように護衛車は車列をつくり、メイサは深夜無事にホワイト王国へと戻った。


「ガイ・ストーンの所有している家屋や土地はトーマス王子殿下軟禁の罪で、トム王太子殿下がホワイト王国の警察に命じ没収致しました。今夜は一先ずそこでお休み下さい。護衛の者が数名家屋の外にて警護にあたります。本来ならばサファイア公爵邸に戻られるのが一番望ましいですが、お屋敷の執事と駆け落ち同然で再婚されたのならご生家には戻り辛いでしょう。後日、トーマス王子殿下の御生母に相応しい邸宅をこちらでご用意致しますゆえ、メイサ妃とその御子様と配偶者様は引っ越していただきます。よろしいですね。それが月に一度トーマス王子殿下と面会する条件です」


「……はい。わかりました」


 メイサはトーマス王子を失った悲しみから、力なく頷いた。

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