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 ◇


 ―パープル王国・王宮謁見の間―


 王宮に到着したメイサ妃とトーマス王子殿下は、謁見の間でトム王太子殿下と再会した。


「トーマス! 元気だったか!」


「お父様!」


 トーマス王子殿下は素直な感情を表に出し、トム王太子殿下に走り寄り抱き着いた。トム王太子殿下はトーマス王子殿下を抱き上げて頬ずりをした。


「しばらく逢わないうちに随分重たくなったな。トーマスが健やかに成長し、お父様は嬉しいよ」


「お母様のお料理がとても美味しいからです」


「お母様のお料理? メイサ、メイドは雇っていないのか? まさか君が家事を?」


「はい。トム王太子殿下、ご無沙汰しております。トーマス王子との月に一度の面会のお約束を破るようなことをして、申し訳ありませんでした。トム王太子殿下とお妃の間に御子様を授かれば、トーマス王子が王宮にて面会するのは筋違いではないかと、私一人の独断で判断したことです。夫にはなんの責任もありません」


 メイサ妃は素直にトム王太子殿下に謝罪し、レイモンドを庇った。


「夫……。そうですか。しかしその気遣いは無用です。私はもう二度と子宝に恵まれることはないでしょう。メイサは再び愛らしい子宝に恵まれたようですね。健康な男児誕生おめでとうございます。幸せそうで何よりです。実はトーマス王子に報奨金をつけてまで捜していたのには理由があります。国王陛下の容体が思わしくなく、ここ数日が山であると王立病院の医師に宣告されました。すでに意識も混濁していますが、亡くなる前にトーマス王子にぜひ逢わせてやりたいのです」


「……そんなに国王陛下がお悪いとは」


「はい。国の混乱を避けるためまだ国民には非公表ですが。メイサはしばらく謁見の間で待っていただけますか? トーマス王子を国王陛下と面会させたいのです」


「わかりました。そのようなご事情ならば私はここでトーマスを待っています。トーマス、国王陛下の前でいい子にしているのですよ」


「はい。お母様、行って参ります」


 トーマス王子は笑顔で手を振った。メイサはトム王太子殿下としっかり手を繋いで歩くトーマス王子の背中を見つめ、一瞬、胸騒ぎがしたがユートピアがぐずりはじめたため、トーマス王子を呼び止めることが出来なかった。


 トーマス王子が謁見の間を出て二時間が経過した。トーマス王子は一向に戻る気配はない。


 次第に日は落ち窓の外の風景は夕日が沈む。


 (レイモンドがきっと心配しているはずだわ。早く戻らなければ……。あの古民家はストーンのものだ。私達を罠に嵌めたあの男の家に住み続けることはできない。そしてストーンを許すこともできない。戻ったら直ぐに出立して住処を変えなければ。)


 メイサはトーマス王子を待っている間に、あれこれと思いを巡らせる。


 ――その時、謁見の間のドアが開いた。

 入室したのはトーマス王子の祖母にあたる王妃だった。


 メイサはユートピアを抱いたまま椅子から立ち上がり、片膝をついて敬愛の意を示した。


「メイサ妃、お元気そうでなによりです。あなたは再婚し、元気な男児を出産されたそうですね。なんと愛らしい御子様だこと。トム王太子があのような貧しい身分のものと情を通じなければ、トム王太子とメイサ妃の間に可愛らしい王子か王女が再び授かったかもしれないのに。この国の王妃として情けない限りです。あの時、離縁など認めなければよかった。悔やんでも悔やみきれません」


「王妃、それは違います。私がお妃として至らなかったばかりに、トム王太子殿下に愛想を尽かされてしまったのです」


「あなたは新しいお妃を庇うのですね。まあもう過ぎ去りし日のことをあれこれ申しても時は戻りはしないのに、わたくしも歳をとったようです。国王陛下の容体のことはトム王太子殿下から聞いていますか?」


「はい。先ほど伺いました」


「国王陛下はすでに危篤状態です。今夜かも明日かも知れぬ命。第二王子のカムリは昨年王位継承を放棄しオレンジ王国の若き女王陛下と結婚し王婿になってしまいました。それもトム王太子殿下の新しいお妃がそう仕向けたようです。よほどカムリ王子が邪魔だったのでしょう。万が一国王陛下が亡くなられたら、トム王太子殿下が国王陛下になられます。あのメイド上がりのお妃が王妃となり、王位継承第一位はトーマス王子殿下のみとなります。メイサ妃もその意味はおわかりですね。離縁したあとも国王陛下があなたやトーマス王子の称号を剥奪しなかった理由が」


「……まさか、国王陛下や王妃はトーマス王子を最初から王位継承者にするおつもりで、私達に称号を……」


 王妃は紫色の扇でパタパタと顔を仰ぎ、メイサ妃をじっと見据えた。その冷たい眼差しに背筋がゾクリとした。

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