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「国王陛下の体調がお悪いことは、新聞でも報道されてはいません」
「それは当然です。国王陛下がお亡くなりになれば、トム王太子殿下が王位を継承されます。ご存知の通り、新しいお妃はトム王太子殿下と不倫の末にお妃の座につかれました。トム王太子殿下はお妃の『懐妊した』という言葉を信じ、メイサ妃との離縁を決断されました。本来ならば、トーマス王子殿下はトム王太子殿下が引き取るべきところを、メイサ妃の意思を尊重されたのです。毎月面会できればそれでよいと」
――そう、トム王太子殿下にメイサ妃はとても寵愛されていた。
でも五年前あの誘拐事件のあと、レイモンドがこの世界から消え、心の中にぽっかりと穴が空いたように寂しい日々が続いた。
その頃からメイサ妃はトム王太子殿下の夜の営みを拒むようになった。
メイサ妃の心の変化にトム王太子殿下が気付かないはずはない。その直後、トム王太子殿下はメイサ妃のメイドを自分の傍に置き、ついに一線を越えてしまった。
単なる浮気、国王陛下も王妃もそれは気にも止めなかったが、そのメイドは国王陛下や王妃に『トム王太子殿下のお子様を懐妊した』とそう告げた。懐妊の診断書も国王陛下に提出した。
国王陛下は身分の違いからそのメイドは第二夫人として迎えるしかないと判断を下したが、トム王太子殿下は第二夫人としてではなくその女性の意向を尊重し、正室に迎えたいと申し出た。
トム王太子殿下は実子を持つことはできない体だとテレサ医師に診断されていたが、自分の身に奇跡が起き、今度こそ実子を授かったのだと信じたかったのだろう。
メイドは他国の医師の診断書を提出し懐妊を立証した。メイサ妃はそれを知り自ら離縁を申し出た。トム王太子殿下との不妊の真実を知らされていなかったため、その子こそがトム王太子殿下の実子だと信じたからだ。
でもテレサ医師はメイサ妃に『早まってはいけません。お腹の子はトム王太子殿下の御子様ではないやもしれません。あの診断書は隣国の医師が書いたもの。私の診察は拒み続けているのです。もしかしたら偽証かもしれません』と、メイサ妃に離縁を思い留まるように諭したが、メイサ妃はその言葉が自分に言われているような気がして、尚更、王宮を去らなければならないと思った。
トム王太子殿下とメイサ妃の離縁は大々的に報じられ、メイドと浮気をしたトム王太子殿下に国民はとても冷ややかな反応だった。新しいお妃は王宮に仕えていたメイサ妃のお付きのメイドだったからだ。
『新しいお妃はふしだらなメイド』と罵る国民もいたが、メイサ妃はトム王太子殿下より多額の慰謝料と養育費を受け取り、その代わりにトーマス王子殿下の王位継承権を残すことと、月に一度王宮で面会することを約束し、トーマス王子と実家のサファイア公爵家に戻った。
トム王太子殿下と新しいお妃の挙式はメイサ妃の時と同様に派手に行われたが、御成婚パレードを祝福する沿道の国民はまばらだった。
――そしてトム王太子殿下に悲しみが訪れた。ご成婚の翌月、新しいお妃は流産されたのだ。それが原因かどうかは不明だがその後二度とご懐妊することはなかった。
トム王太子殿下の悲しみは大きく、しばらくは公務を休まれるほどだった。
――その後、ローザにより過疎地の病院に入院している身元不明者がレイモンドとキダニであると判明した。メイサ妃はすぐにレイモンドと対面し、ローザの手配でサファイア公爵家を出て王都を離れ三人で町民として暮らした。キダニはホワイト王国の林檎農園に自ら身を隠した。
レイモンドと結婚して二年後、ユートピアを出産したメイサ妃は町民として四人でひっそりと暮らしていたが、キダニに招待され、四人で林檎農園に出かけ、その帰りに事故を起こし、メイサ妃は一瞬目の前の世界が変わったのがわかった。身につけていた町民の粗末な洋服がサファイア公爵家にいた頃の赤いドレスに替わり、レイモンドが執事の制服に替わっていたからだ。
(これは一体どういうこと!?
レイモンドも私も過去に戻ってしまったの? そんなはずはない。この腕にはユートピアがいる。これは魔法? キダニは魔術師?)
昨日までのレイモンドとその事故直後のレイモンドは人が変わったように思えた。正確に言えば、『五年前のレイモンドがこの世界に戻ってきた』と、魂で感じたからだ。
この数年間のレイモンドとは異なる、もう一人のレイモンドが彼の魂と入れ替わったのだとしたら、メイサ妃には全てのことが納得いくものだった。
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