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「そちらの御子様もトーマス王子殿下の異父弟。まだ乳飲み子です。放置するわけにもいきますまい。着替えをすまされたらご一緒に参りましょう」
「わかりました。トム王太子殿下の面会の権利を私が破ってしまったことは事実です。共に王宮に参ります。少しお待ち下さい。トーマス、着替えをしますよ」
「はい。お母様」
トーマスに『ママ』ではなく、『お母様』と呼ばれメイサ妃は身の引き締まる思いだった。
スポロンが用意したのはパープル王国の象徴である紫色のドレスとハイヒールだった。メイサはまだ妃の称号はあるが王太子妃ではない。トム王太子殿下には新しいお妃がいる。
メイサ妃はベッドの上に紫色のドレスを置き、昨日自分が着ていた赤いドレスに着替え、赤いハイヒールを履いた。それは自分はもうパープル王国の王族ではないとの強い意思表示からだった。
トーマスにも正装をさせ、ユートピアは絹のベビードレスと絹のおくるみに身を包む。
寝室から出てきた赤いドレス姿のメイサ妃を見て、スポロンは驚いたが直ぐさまトーマス王子の手を取り公用車に向かった。
その背後でストーンが口を開いた。
「スポロンさん、お約束の物は頂けるんでしょうね?」
「報奨金なら授与しますよ。
(ストーンは昨日直ぐに私達の素性に気付いたのだ。報奨金欲しさに裏切った。この古民家を貸し与えたのも私達が逃げないようにするための罠に過ぎなかった。他人を信じた自分が甘かった……。)
メイサ妃は満面の笑みを浮かべるストーンの耳元でこう言い放った。
「裏切り者、あなたの名は生涯覚えておくわ」
◇
公用車に乗り込んだメイサ妃はレイモンドの身を案じていた。
市場で王室警察に捕らわれてはいないか、そればかりが脳裏を過る。隣家の老夫婦が何事かと心配そうに見守る中、メイサ妃や子供達を乗せた車列は出発する。一番最後にストーンのドリームタクシーが続いた。
ホワイト王国の国境を越えて、車列はパープル王国に入った。向かう先は王宮だ。トーマスは懐かしい風景に瞳を輝かせた。メイサ妃には苦々しい国だが、トーマスには楽しい想い出がたくさん詰まった国だからだ。
メイサ妃もトム王太子殿下に寵愛され、その寛大な愛情に包まれていた時もあった。このまま幸せでいることが、トーマスの幸せにも繋がると信じていたのだ。
王族となったことを決して全て否定するつもりはない。レイモンドを心の中で想いながらも、トム王太子殿下に嫁いだ。トム王太子殿下の子供でもないのに、メイサ妃は噓を重ね国王陛下も王妃もそしてトム王太子殿下だけではなく、愛しい我が子にも噓をつき続けた。それは現在も続いているのだ。
パープル王国で真実を知っているのはトーマスを取り上げて下さった女医だけだ。国王陛下や王妃はいまだにトーマスはトム王太子殿下の子供、即ち王位継承順位第二位の王子殿下であると誤認している。
「じい、国王陛下や王妃はお元気ですか?」
「それが……国王陛下は体調を崩され病に伏せておられます。王妃もたいそうご心配され、トーマス王子と是非逢わせてやりたいとの申し出があり、大変申し訳ないと思いましたが身の安全を確保するために、報奨金をつけた次第でございます。メイサ妃が身をお隠しにならなければ、トム王太子殿下もそのようなことはなさらなかったはずです」
メイサ妃はスポロンの話に、黙って頭を下げるしかなかった。
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