14

 深夜、家の外で車のエンジン音が鳴り、レイモンドは家の中から暫く様子を窺う。


 家の前には数台の車が停車した。

 やはり自分は逮捕されてしまうのだと、レイモンドは一瞬覚悟した。


 その時、公用車から恰幅のいい老紳士が降り立ち、後部座席のドアを開いた。


 後部座席からスッと美しい脚がのび、赤いハイヒールが庭の土を踏んだ。


 メイサの腕にはユートピアがしっかりと抱かれている。だが、そこにはトーマスの姿はない。レイモンドはたまらなくなり家を飛び出した。このまま捕らわれてもいいと思ったからだ。


 恰幅のいい老紳士はメイサに「明日、お迎えに参ります」とだけ告げ、家から飛び出したレイモンドを捕らえることなく公用車に乗り込み車列はそのまま立ち去った。


 レイモンドは思わずメイサに駆け寄り、しっかりと抱きしめた。メイサは安堵したのかポロポロと涙を溢し嗚咽を漏らした。


「レイモンド……。トーマスが、トーマスが……。王室に奪われてしまったわ。ごめんなさい。ごめんなさい」


「どうしてトーマスが……。とにかく家の中に入ろう。ユートピアも疲れたはずだ。ベッドに寝かせてやろう」


「そうね」


「俺が王室警察に捕らわれれば、トーマスを返してもらえるなら、俺の命はいくらでも差し出すよ」


「レイモンド、そんなことではないのよ。ユートピアを眠らせたら、詳しく話すわ」


「わかった。さあ、家に入ろう。温かいハーブティーを入れるよ」


「ありがとう……。レイモンドに逢えて少し気持ちが落ち着いたわ。キダニさんは?」


「キダニさんは林檎農園に身を隠した。万が一王室警察に乗り込まれたら、一緒に逮捕されると思ったから」


「そう……。キダニさんが無事でよかった。さんざんお世話になったのに、こんな騒動に巻き込んでしまっては申し訳ないから」


「生きていれば、キダニさんにはまたいつか逢えるさ」


 メイサはよほど辛い思いをしたのか、レイモンドに凭れかかったまま室内に入った。


 メイサは室内でユートピアのオシメを替えて、母乳を与えベッドに寝かせつけた。レイモンドは市場で買った野菜でスープを作り、ハーブティーを入れた。


 赤いドレスから町民の洋服に着替えたメイサはレイモンドに抱き着きキスを交わした。


「……愛してる。レイモンドだけを愛してる」


「メイサ……」


 二人は熱い抱擁をし、何度もキスを交わした。この時ばかりは心のなかで美梨に詫びた。


 ダイニングテーブルの椅子に座り、二人で野菜スープを食べた。粗末な食事でもメイサは王室での豪華なディナーよりも美味しいと思った。


「トーマスは無事なんだよな?」


「トム王太子殿下も王妃もトーマスに危害を加えたりしないわ。これはまだ公表されていないけど、国王陛下が危篤になり次期国王陛下はトム王太子殿下に決まってるのよ。王位継承第二位だったカムリ王子殿下は他国の若き女王とご成婚したため、王位継承は放棄したの。トム王太子殿下は再婚されたけど子供を授からないため、王位継承第一位はトーマスになり、どうしても王室に引き取りたかったのよ。私達が結婚し、トム王太子殿下とトーマスの月に一度の面会の約束を破り、トーマスに粗末な生活を強いり十分な教育も与えず、王位継承者に町民の暮らしをさせていたと王妃がお怒りなのよ」


「……それはこの私が不甲斐ないからだよな。このままトーマスに二度と逢えないのか?」


「いいえ、トム王太子殿下は私に月に一度の面会の権利は与えてくれたわ。実質的にはトーマスを奪われたも同然。明日、執事のスポロンがトーマスの生母に相応しいお屋敷を手配し、私達を迎えにくるわ」


「それは……私も一緒に?」


「私達が再婚したことはお咎めではないのよ。ユートピアが生まれたことも王室には好都合だったの。これでトーマスを取り戻せると思ったのでしょう。トーマスはトム王太子殿下の実子ではないのにそれを王妃は知らない。私はトーマスがその真実を知れば傷付くと思ったから今まで言えなかった……」


 (やはり現世と同じように、トーマスはレイモンドの子供だったんだ……。俺は今レイモンドなのに、どこか他人ごとのように冷静に判断していた。)

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