4
木谷は別れ際、ストーンに自分の作った林檎を一箱御礼に渡した。メイサはスッとこの国の紙幣を数枚差し出した。
「キダニ、お客様、ありがとうございます。また困ったことがあればいつでも連絡して下さい」
「ありがとう。ストーン、隣国のトム王太子殿下と妃殿下はお幸せにされているのかな?」
「隣国? パープル王国のことですか? それも知らないのですか? キダニが事故を起こしたあと、あの誘拐事件がきっかけとなりトム王太子殿下と妃殿下は離縁されたのです。何でも離縁の原因はトム王太子殿下の不倫だという噂です。トム王太子殿下に側室がいても不思議はありませんが、気位の高いメイサ妃殿下には許せなかったのでしょう。暫くはレッドローズ王国のサファイア公爵邸にお戻りになられていたが、数年後トーマス王子殿下と他国に行かれたという噂が流れ、パープル王国のトム王太子殿下は躍起になって二人の行方を捜されていました。特に王位継承者のトーマス王子殿下の目撃情報には報奨金までつけられていたが、いまだ行方知れずです」
ストーンの話しに思わずレイモンド《修》は口を開き、メイサは顔を隠す。
「トム王太子殿下とメイサ妃殿下が離縁だなんて……。あんなに寵愛されていたのになぜ……」
「トム王太子殿下は今では新しいお妃をお迎えになり幸せに暮らされています。子宝には恵まれてはいませんが。まずい、もうこんな時間だ。私はレッドローズ王国に戻らなければなりません。キダニ、遠慮なくこの家で過ごしてくれ。これは実家の鍵と軽トラックの鍵だ。軽トラックはバッテリーをかえればまだ動くはずだ。林檎農園の車も修理に出しとくよ。キダニ、またな」
「ストーン、何から何までありがとう。助かったよ」
「私はキダニに世話になりましたから。あなたが声をかけてくれて、タクシー会社の社長に掛け合ってくれなければ自ら命を絶っていたかもしれません。レッドローズ王国は移民には厳しい国です。だから感謝しているんです。では皆様失礼します」
ストーンは軽く会釈をするとそのまま小型バスを走らせた。メイサやトーマスは俯いたまま一言も発することなく、木谷と修の背中に隠れて深々とお辞儀をした。
小型バスが見えなくなり、木谷は古民家の鍵を開ける。木製のドアはギギーッと不気味な音を鳴らして開いた。
一年前まで使用されていた家財道具はそのまま置かれ、白いシーツが掛けられ、室内の至るところには蜘蛛の巣が張っていた。
一階にはリビングとダイニング。洋間が二室あり、二階には洋間が四室あった。地下室も屋根裏部屋もあり、古民家だが仮住まいには十分すぎる広さだった。
「ママ、もう話していい?」
「トーマスもう話しても大丈夫ですよ。キダニさんのお陰で暫くはここで暮らせるわ。さあ、みんなで手分けをして掃除をしましょう。こんな煌びやかなドレスもハイヒールももうウンザリ。ストーンさんのご家族の古着や靴をお借りするわね」
「そうだな。私も執事の制服は窮屈だからそうさせてもらうよ」
レイモンド《修》もメイサと一緒に洋服を探す。木谷は林檎を数個籠に入れて徐にたちあがった。
「私はご近所にご挨拶をしてきます。不審者扱いされて警察に通報されては困りますから。林檎と交換で何か野菜を分けてもらえないか頼んで来ますね。子供服の古着やオシメになるものもないか聞いてきます。そうだな、私達は親戚の伯父と甥夫婦という設定にしましょう」
「木谷さん、何から何まで本当にありがとう。よろしくお願いします」
「レイモンドさん、伯父さんでいいですよ。トーマス王子も『おじちゃん』でいいからね」
「はい。おじちゃん行ってらっしゃい」
トーマスはこの状況を素直に受け入れている。メイサはクローゼットから男物の服と女物の服を見つけ、レイモンド《修》とメイサは町民の衣服に身を包んだ。
メイサとトーマスをパープル王国のトム王太子殿下が捜しているのなら、できるだけこの村に馴染み、身を隠さないといけないといけないと、レイモンド《修》もメイサも本能的に悟った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます