第59話
二十五年前の話、
結局、その事件で恵禅尼は封印され、禅心尼は遠流に処された。しかし、裏切りの男は、今は大納言にまでなって、地位と名誉と財を手にしている。この、あまりにもの理不尽さを、許すことが出来なかった。
禅心尼の語りが終わると、
「そうか。理由は分かった。だが、もう気を静めてくれ。恵禅尼はこんなことを望んではいない」
と涼悠は言った。
「分かったようなことを……」
涼悠の言葉に、禅心尼は不機嫌そうに腕組みをして、顔を背けた。
「お前、恵禅尼の事が好きなんだろう?」
涼悠が言うと、
「ふんっ。だからなんだ?」
と禅心尼は言い捨てた。
「だから、今度、一緒に会いに行こう」
涼悠が笑顔で言う。
「はぁ? お前は何を言っている?
禅心尼が呆れたように言ったが、涼悠は得意げな顔で、
「俺は天界へ行くことが出来るんだ。お前は神格を持たないが、神になれる素質があるから、連れて行くことも出来るぞ」
と言い返した。
「まさか、それは本当か?」
少し驚いたというような表情で禅心尼が言うと、
「ふんっ」
と白蓮は鼻で笑った。禅心尼は白蓮を見て、彼が否定しないなら、涼悠の言っている事が嘘ではないと確信した。
「それなら、今すぐ連れていけ」
禅心尼が傲慢な態度で言うと、
「今は駄目だ。俺たちは一度、都へ帰る。用事を済ませたら、お前の望みを叶えてやるから、少し待っててくれ」
涼悠が穏やかに言った。今すぐ行きたかった禅心尼だが、約束してくれたことで、心が落ち着いたようだ。
「分かった」
ようやく、この件も解決した。
「ところで、お前。蟲毒をやっただろう? あれはもう二度とやるなよ。虫にも命があるんだ。あいつに掛けた術を解け。もう、お前の物じゃない」
涼悠が言うと、
「はっ! たかが虫にまで。お前はどこまでお人好しなのだ? 術? ああ、喋らせない術と、力を抑える術だな? 分かった解いてやろう。それと、蟲毒はもうやらないと約束する。だから、お前も私との約束を違えるなよ」
禅心尼はそう言って、瑠璃にかけた術を解いた。
「禅心尼、ありがとう。俺も約束は守る」
涼悠と白蓮は従者の元へと戻った。
「お帰りなさいませ」
従者たちは二人が戻って来た事に安堵した。
「貴方様には、感謝してもしきれないほどの、恩を頂きました」
瑠璃は地べたに跪いて平伏した。
「瑠璃、そんなことはしなくていい。俺たちは友達じゃないか頭を上げろ」
涼悠はそう言って、瑠璃を立たせて、服に付いた土を払った。
「友達とは?」
その言葉を知らない瑠璃が聞いた。
「心を許し合って、対等な間柄という事だ。だからあんまり畏まるなよ」
涼悠はそう言って、瑠璃に笑顔を向けた。
「私は虫です。貴方様と対等など……」
瑠璃が下を向いて、口ごもると、
「そんなことを言うなよ。淋しいじゃないか」
涼悠は瑠璃の肩に手を置いて、
「ほら、顔を上げて俺を見ろ。これからも宜しくな」
と言葉をかけた。瑠璃は顔を上げて涼悠の顔を見て微笑み、
「はい」
と嬉しそうに答えた。
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