第14話
翌朝、目が覚めた
「姉ちゃん、ひどいよ。まったく。少し顔を見せるくらい、いいじゃないか」
と不満を漏らした。
「姉様の気持ちを考えろ。お前のために厳しくしたんだぞ」
「ちょっと会うだけなら、修行の邪魔にはならないだろう」
となおも不満げに言った。すると、いつの間にか涼悠の背後に現れた
「痛い!」
驚いて振り向くと、
「姉君の方がもっと痛いはずだ」
と珠は言った。
「いきなり何するんだ、珠」
涼悠が言うと、珠はもう一度叩いた。
「痛いってば!」
「身の程を知れ! 未熟者が。姉君はお前の心が揺らがぬように厳しくしたのだ。一度顔を見てしまえば、お前は姉君に泣き言を言って甘えるだろう。淋しかったとか、会いたかったとか。いつまで子供でいるのだ。姉君もお前に会いたい気持ちを抑えているのだぞ。それが分からぬのか? 姉君のためにも、お前は強くならなければならぬのだろう? これ以上、姉君に心配をかけるな」
珠はそう言って涼悠を諭した。それは颯太の心にも響いていた。修行の厳しさは慣れたが、美優に会えない淋しさは、颯太にとっても辛いものだった。
「ありがとう、珠。俺が兄として言うべきことだったが、お前に言わせてしまったな。珠、俺とも友達になってくれるか?」
颯太は珠に手を差し出した。
「お前は私の中を覗いたりしないか?」
珠は手を出す前に聞いた。
「ああ、そんなことが出来るのは涼だけだ」
颯太が言うと、珠は颯太の手を握った。
修行も三年目となると、涼悠、颯太共に、身体も心も鍛えられ、成長していた。
「今日から、この者たちと修行せよ」
場所は
「あいつら、恐ろしく強いな」
美優もこの厳しい修業に一人で耐えてきたのだと考えると、その精神的な強さは相当なものだ。それだけ強い覚悟を持っていたのだろう。涼悠はそれを今、身をもって知ったのだった。
「そうでなければ、修行に来た意味はない。あれに勝てるようになれば、俺たちの修行は終わる」
颯太は美優の歩んだ修行の道を追うように猛進していた。それは、彼女に追いつき、認めてもらい、将来の誓いを守るため。
「姉ちゃん、あれに勝ったんだよな? それも一人で」
「そうだ。美優姉さまは、今の俺たちよりも、あの二体の鬼よりも強い」
颯太は、己の未熟さを悔しく思った。これでは美優を守ることなど到底できない。
鬼との修練は毎日、陽が昇る時間から日没まで続いた。それが
「いつまで逃げ回るのだ?
男の鬼が聞くと、
「怖いだって? この俺が? 見てろよ、そのうちお前たちが俺の前で
涼悠は強気で言った。鬼にそそのかされていると分かっているが、己を鼓舞するために言い放った言葉だった。それでも、結局この後、拳で一発殴られただけで意識を失った。彼らが攻撃を躱すことが出来たのは、鬼が手加減していたからだった。
「畜生! 俺は姉ちゃんより弱いのかよ! 畜生……」
意識が戻った涼悠は、悔しそうに言った。その隣で、同じように殴られて気絶している颯太が横たえていた。
二匹の鬼はどうやら夫婦であるようだ。
自分たちはなぜ強くなれないのか? 美優はなぜ鬼に勝てたのか? 何か間違っているのだろうか?
「颯太、俺たちの修行は姉ちゃんと何か違うのか? なぜ俺たちは勝てないんだ?」
颯太が起きると、その疑問をぶつけてみた。
「何かが違う? お前はそれが何だと思う?」
颯太は聞いたが、本当は分かっていた。涼悠も分かっているはずだと。
「俺たちに足りないものは、覚悟だろう? 精神の強さだろ? でも、分からないんだ。これ以上どうしたらいいのか」
当然ながら、まだ子供の彼らには精神の鍛え方を知るには難しいことだった。師の教えに従い修行を積んできたが、今、ここには師はいない。己の精神を己自身で鍛えなければならないのだった。
「どうやら、行き詰まっているようだな」
そこへ突然現れたのは
「なんだよ珠。そういうの驚くだろう。普通に来いよ」
涼悠は嬉しそうに言った。
「お前らが子供だから来てやったんだ。私が必要だろう?」
珠が言うと、颯太も嬉しそうに、
「助かるよ」
と言った。
「お前たちは手がかかるな。美優は一人でもこの修行を修めたというのにな」
珠は呆れたように言った。
「分かっているよ。俺たちが未熟で、姉ちゃんが優秀な姉弟子だってことは」
涼悠が言うと、珠は彼らに言った。
「それは違う。美優がお前たちに比べて優秀なわけではない。あの者の霊力は弱い。それはお前たちも知っているだろう? その美優がこの修行に耐え、力をつけたのは、ただひたすら努力したからだ。涼悠、お前はその強い霊力を持ちながら、未だに美優の足元にも及ばぬ。その理由が分からないのだろう? お前は
珠による指導が始まり、涼悠は精気を身体の内に留めることを学び、颯太は、気を練り、内丹を鍛える方法を学んだ。それは鬼との修行と並行して毎日続いて、寝る時間もほとんどなかった。二人は満身創痍の状態で鬼たちと戦い、殴られ続け、意識が朦朧としつつも、珠の修行に臨んだ。
基本的なことは
「違う」
珠は彼らの修練に付きっ切りで指導した。
「腹の中で火を起こし、意識と呼吸でその火を燃やすんだ。そこにある丹を鍛え上げよ」
珠の独特な感性で伝えると、涼悠と颯太はそれを試した。これが
鬼たちの単調だが尋常ではない速さの連続攻撃を、無の状態となった身体がすべて躱す。その日は二人とも、鬼の拳が一度も当たらなかったのだ。
「やっと、ここまで来たのだな」
男鬼がそう言って、その日の修行が終わった。
これからが本当の修行の始まりだった。攻撃を躱すだけでは相手を倒せない。
次の日から、鬼との修練が本格的になり、二人は何度も攻撃を躱しながら、反撃を繰り出し、少しずつ感覚を掴んでいった。次第に攻撃も掠り、鬼に少しの傷を負わせるほどになった。
しかし、まだ鬼に勝つには程遠い。鬼の身体は丈夫で、傷はすぐに治る。全く歯が立たない状況は、これまでと変わらなかった。
「珠、俺たちに何が足りないんだ?」
涼悠が聞くと、
「力だ」
と珠が答えた。
「鬼の力に比べると、お前たちは赤子だ。遊んでもらっているのだ」
「赤子だって? 俺たちがあんなに修業を積んできたのに、それでもまだそんな程度なのか?」
涼悠は愕然とした。自分は強くなった気でいた。それなのに、まだその程度だったのだと知った。
「どうしたら強くなれる?」
涼悠の質問に、
「その方法は、すでにお前たちが知っている。ただひたすら信じて修練を続けろ」
珠が答えた。
それから、更に二月が過ぎた。そんなある日、涼悠は心に決めて、颯太と珠に言った。
「今度こそ決めてやる」
その日の涼悠はいつになく気合が入っていた。鬼との修練ももうすぐ一年になる。
涼悠は霊力を込めた拳で殴りかかった。それは鬼の速さを凌駕していて、恐ろしく強い体躯を
「有言実行とは、見上げたものだな」
そう言った珠の後ろには、
「そこまでだ」
師の言葉を聞くと、颯太は鬼の拘束を解き、涼悠は師を振り返り、頭を下げて挨拶をした。
「師匠」
二人に向かって秋麗は、
「ここでの修業はこれで終わりだ」
と言った。二体の鬼は片膝をつき、秋麗に
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