第13話

 修行を始めてから一月ひとつきが経ち、涼悠りょうゆうは姉の美優みゆのことが気がかりで仕方がなかった。美優は涼悠より二つ上で、修行は三年と決まっている。したがって、美優は修行三年目で、この山にいるはずなのだが、まだ一度も会ってはいなかった。

「師匠、姉ちゃんが修行に来ているはずなんだが、どこにいるんだ?」

 涼悠が聞くと、

「美優は剣岳つるぎだけで修行をしている」

 と秋麗しゅうれいは答えた。

「久しぶりに会いたいんだ。行ってもいいか?」

「お前がそうしたいのなら、行くがよい」

 そう言って秋麗は、颯太そうたの方にも目を向けて、

「お前も会いたいか?」

 と聞くと、颯太は素直に答えていいのか分からず、言葉に詰まった。

「会いたいのだろう。お前も会いに行くがいい」

 秋麗は優しくそう言った。その意図が分からなかったが、師の許しが出たのなら、美優に会いたい気持ちを無理に抑えなくても良いのだろうと颯太は思った。

「では、私も涼悠と一緒に行きます」


 二人は美優のいる剣岳へ向かった。涼悠たちの修行している山と尾根伝いに連なっているが、剣岳との境には深い谷があり、そこを一度下ってからまた登るという、過酷な道のりだった。


「なんで、どの山もこんなに空気が重いんだ。歩くだけでも息が切れる」

 涼悠が不満を口にすると、

「神聖な山には強い霊気が立ち込めている。ここで修行することに意味がある」

 と颯太は正論を言った。涼悠にもそれは分かっていた。感覚の鋭さは人一倍ある。怪しげな気配にも気付いていた。剣岳に入ったところから、誰かに見られていて、それらは二人を監視するようについて来る。

「どこへ行く気だ? 小童こわっぱども」

 姿を現したのは、体躯のしっかりした土色の肌の大男だった。

「ほう、ここには鬼が棲んでいるんだな」

 涼悠が言うと、

「我らを見下すとは、いい度胸だな」

 周りを鬼たちに囲まれた二人は、このまま戦いになることを予測して身構えた。

「お前たちのような小さき者に、我らを倒せるはずもない」

 鬼はそう言って、颯太に手を伸ばした。

「やめろ!」

 涼悠は危機を感じて、押さえていた力を使った。その強い霊力は鬼共を目に見えない手で上から押さえつけるかのように地面へと押しつぶした。鬼共は声も出せずに唸り、苦しそうにしている。


「そこまでだ」

 空気が震えて響くその声に驚いた涼悠が振り返ると、そこには巨体が二つ立っていた。そこに姿を現すまで、どうやって近付いたのか、気配すらしなかった。それを恐ろしく思い、身が震えた。鬼を押えつけていた力が消えて、鬼共は身を起こし、巨体に向かって片膝をついてこうべを垂れた。

「颯太!」

 涼悠は颯太のことを思い出し、彼に駆け寄ると、怪我がないことに安堵した。それから、二つの巨体に向き直り、

「俺は鬼を傷つけるつもりはない。ただ、俺の兄に手を伸ばしたから押さえたまでだ。お前の仲間に手荒なことをしたことは謝る。俺に何をしてもいいが、兄には手を出さないでくれ」

 と涼悠は言った。

「ここへ何しに来た?」

 巨体の鬼は涼悠の言葉など、聞く耳を持たずに質問した。

「姉に会いに来た。ここを通してくれ」

「お前の姉が会いたいと言うなら通すが、どうする?」

 と誰かに聞いているようだった。


 すると、聞きなれた声が答えた。

「通す必要はありません。涼悠、あなたは何をしているのですか? ときを無駄にしてはいけません。修行に戻りなさい。颯太、あなたがついていながら、どうしたのでしょう? まさか、あなたまで私に甘えたいのですか?」

 美優みゆの優しい言葉に甘えたかった涼悠は、この厳しい言葉に愕然とした。

「姉ちゃん。俺はただ、会いたかったんだ」

「私たちは修行の身。そのような甘えは赦されません。修行が終わるまで私はあなた達とは会いません」

 美優はきっぱりとそう言った。それは声だけで、美優の姿はここにはなく、どこから聞こえてくるのかも分からない。ただ、その声が辺りに響いているだけ。

「すみません、美優姉さま。修行の邪魔をしてしまいました。俺たちは戻ります」

 颯太はそう言って、涼悠の腕を掴んだ。しかし涼悠はその手を振りほどき、

「嫌だよ! 姉ちゃん、顔を見せてくれたっていいじゃないか」

 と言って、なおも食い下がった。すると、

「身の程を知りなさい」

 美優は強くはっきりと言う。その声と共に、いかづちが涼悠の身体を打った。その衝撃で涼悠は気を失い、その場で倒れた。

「涼!」

 あの優しい美優が、鬼のように厳しい仕打ちをするとは思わず、颯太は驚いたが、美優のその厳しさの意味を悟った。


 颯太は鬼たちに一礼して、涼悠を背負い、山を下りて行った。谷まで来たところで涼悠を降ろして少し休むと、そこへ白い服の少年が一人やって来た。

「あなたは?」

 颯太が聞くと、

たまと言う。お前たちを迎えに来た。涼悠は私が背負う。もうすぐ日が暮れる。急いで帰ろう」

 少年はそう言って、軽々と涼悠を背負った。

「涼悠から聞いている。精霊の友達が出来たと」

 颯太が言うと、

「そうか」

 とだけ答えた。


 涼悠がいかづちに打たれた時、そのことに気付いた珠は、秋麗に許しを得て迎えに来たのだった。


「どうであったか?」

 秋麗が聞くと、

「会うことを拒まれ、叱られました」

 と颯太が答えた。

「そうであろうな」

 秋麗はそれを知っていて、二人を向かわせたのだろう。

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