第7話
木材と
「大工仕事は俺たちでやります。白蓮様、
白蓮が手伝おうとすると、人足を束ねる男にそう言われた。白蓮は
届いた荷の中に農耕具もあり、白蓮と涼悠はそれらを荷車から降ろして運んだ。荷の中には、他にも色々乗っていた。女たちには反物と裁縫道具を渡して、新しい服を仕立てるように言った。都へ入るためには、身なりを整えなければならないが、彼らは見すぼらしかった。助けを求めても門前払いとなったのは、そのせいもあっただろう。
涼悠は大工仕事も、針仕事も出来ず、
「白蓮?」
涼悠が声をかけると、
「先日の死霊の件、どうにも解せない」
とぽつりと言った。
「そう言えばそうだな。大正門はなぜ開け放たれたのだろう?」
普段、夜になれば閉じられる正門は、あの夜に開け放たれて、そこから死霊の群れがなだれ込んだ。正門にはこじ開けられた跡もなく、誰かが故意に開けたのか、まだその真相は明らかとはなっていなかった。
「死霊は皆、都人だった。きっと
烏野とは、都に住む一般庶民の風葬地帯だ。風葬というのは、遺体を野に晒して葬る事で、そこに死肉を食べに動物が群がり、最後は
不審な点は、つい先日に盆は終わっていて、死者の霊がそれぞれの家を訪れたばかりで、彼らが来る理由もない。しかも、都を襲った死霊は悪霊でもないのに、恐ろしい形相で、何か苦しんでいるようにも見えた。白蓮もその事について訝しいと感じていたのだろう。もちろん、涼悠もあれが自然に起きた事でないと分かっていた。
「誰かが死霊を操っていたのかもしれないということか?」
涼悠が聞くと、
「そうだろう」
と白蓮は答えた。あれだけの数の死霊を操ることが出来るとしたら、かなりの術者であることは間違いない。
「誰なんだろう?」
涼悠がぽつりと言うと、
「
と、白蓮ははっきり言った。
「なんで、そう思うんだ?」
涼悠が聞くと、
「他に誰がいるというのだ?」
白蓮が逆に質問した。
「あんなことをできる奴は、そうはいないが、なんで玄道がする必要がある? あいつは
「分からない」
白蓮にも、その理由は分からなかったが、玄道が死霊を操っていたことは間違いないと確信していた。
「まあ、死霊がどれだけ現れようと、俺がすべて退治すればいい話しだ。きっと、玄道の暇つぶしだったんだろう」
涼悠は、さほど気にしていない様子だった。それでも白蓮は、これにはまだ何か陰謀が隠されているように思えた。
涼悠も玄道がこの件に絡んでいると感じていたが、白蓮の手を借りる気は毛頭なかった。
陽も高く昇り、牛車の屋形の中は蒸し風呂のように暑くなった。
「白蓮、暑いよ~。どうにかしてくれ」
涼悠は帯を緩めて、胸元をはだかせた。
「分かった」
白蓮は扇子を帯から抜いて広げて扇いだ。冷気を含む涼やかな風が涼悠の身体の熱を冷ましていく。
「ああ~、気持ちいがいい」
そう言って涼悠は、上半身の身ごろを脱ぎ、長い髪を前に持ってきて、背中を白蓮に向けた。その肌は白く滑らかでいてしなやか。腰の括れの下の膨らみが少し見えていて、これが男の背中だとはもはや誰も思わないだろう。白蓮は修行ですべての欲を断ったつもりでいた。しかし、これ以上、涼悠の身体を見ていては、己を律することが難しいと感じた白蓮は、
「もう十分涼んだだろう。服を着なさい」
そう言って、扇ぐのを止めて扇子をしまい、涼悠の身体から視線をそらした。
「なんでだよ。もっと扇いでくれてもいいじゃないか。なんで止めるんだよ」
「これ以上扇げば、身体を冷やしてしまう」
白蓮にそう言われて涼悠は、
「分かったよ。俺の身体を心配してくれているんだな?」
と、白蓮に近付いてその顔を覗き込んで言った。
「早く服を着なさい」
白蓮が顔を背けながら言うと、涼悠は面白くなって、
「お前、何恥ずかしがっているんだ? 俺の身体を見て欲情したのか?」
と揶揄った。
「……」
白蓮は目を閉じ、何も答えず気を静めていた。そんな白蓮を見て、涼悠は少し気まずくなって謝った。
「揶揄って悪かったよ。冗談だからそんなに怒らないでよ」
「怒ってはいない」
白蓮は静かに答えた。
「食事の支度をするから、お前も手伝いなさい」
白蓮はそう言って牛車を降りた。涼悠も服を着て身なりを整えると、牛車を降りた。二人が食事の支度を始めると、針仕事をしていた女たちも手を止めて、手伝いに来た。
「私たちもお手伝いします」
女たちが来ると、他愛のないおしゃべりが始まり、急に賑やかになった。
「白蓮様は、天界に居られるのですよね? 神様って、どんな御方なのでしょうか?」
「天上人は歳を取らないというのは本当ですか?」
などと、白蓮には色々な質問がされたが、それに淡々と答える。そのうち、質問の矛先が、涼悠にも向けられた。
「沙宅様は、高貴なお方なのでしょう? どうして私たちのために来て下さったのですか?」
「沙宅様は、まだお若いように見えますが、御幾つでしょうか?」
「都ではどんな暮らしをして居られるのですか?」
女たちの興味は尽きないようだった。
食事が済むと、皆、仕事を再開した。
「涼悠、畑を耕したことはあるか?」
白蓮が聞くと、
「あるわけがないだろ。家には畑なんてないし、野菜は市で買う」
涼悠が答えた。
「そうか」
白蓮はそう言って、農耕具を持って、
「畑はどのあたりがいいだろうか?」
と近くで家を建てる手伝いをしている男に聞いた。
「畑は日がよく当たり、水はけのいいところを選ぶ」
男はそう言って歩き、
「この辺りに作ろうと思っていたんです」
と言って、その場所を示した。
「ですが、白蓮様は畑を耕したことはあるんですか?」
と聞くと、
「ない」
と答えた。
「なんだ。それじゃ、俺たちでは畑を作れないじゃないか」
涼悠はそう言って笑った。
「教えて頂ければ出来ます。どうかご教授願います」
白蓮が男に言うと、
「いえ、いえ。そんな滅相もない。畑も俺たちでやりますから」
と恐縮した。
「ですが、それでは私たちがここへ来た意味がなくなります」
「そんなことはありません。こうして、家を建てられるのも、ご飯が食べられるのも、みんな白蓮様と沙宅様のおかげです。これ以上のことは望みません。もう十分よくして頂きました。本当に感謝しています」
と男は何度も頭を下げた。これでは、無理に畑仕事をするわけにもいかなかった。
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