第7話

 木材と人足にんそく、大工道具も揃ったところで、さっそく家づくりを始めた。先ほど、白蓮はくれんが書き付けていた台帳には、それぞれの家族構成が記されていた。人数は五十二人で、皆同じ一族だった。作る家の数は十戸、人足は六人だが、皆で手伝えば問題なさそうだった。

「大工仕事は俺たちでやります。白蓮様、沙宅さたく様に怪我でもされちゃ、こっちの首が飛びますから。手を出さないで下さい」

 白蓮が手伝おうとすると、人足を束ねる男にそう言われた。白蓮は天上人てんじょうびとで、涼悠りょうゆうは中流貴族で、都を悪霊から守る呪術師でもあった。怪我などさせてしまえば、本当に彼らの首は飛んでしまうだろう。ここはおとなしく従うしかなかった。


 届いた荷の中に農耕具もあり、白蓮と涼悠はそれらを荷車から降ろして運んだ。荷の中には、他にも色々乗っていた。女たちには反物と裁縫道具を渡して、新しい服を仕立てるように言った。都へ入るためには、身なりを整えなければならないが、彼らは見すぼらしかった。助けを求めても門前払いとなったのは、そのせいもあっただろう。


 涼悠は大工仕事も、針仕事も出来ず、牛車ぎっしゃの屋形の中で時間を持て余していた。白蓮を見ると、何やら考え事をしているようだった。

「白蓮?」

 涼悠が声をかけると、

「先日の死霊の件、どうにも解せない」

 とぽつりと言った。

「そう言えばそうだな。大正門はなぜ開け放たれたのだろう?」

 普段、夜になれば閉じられる正門は、あの夜に開け放たれて、そこから死霊の群れがなだれ込んだ。正門にはこじ開けられた跡もなく、誰かが故意に開けたのか、まだその真相は明らかとはなっていなかった。

「死霊は皆、都人だった。きっと烏野からすのに葬られた人々だろう。それにしても、盆でもないのにどういうことだろう?」

 烏野とは、都に住む一般庶民の風葬地帯だ。風葬というのは、遺体を野に晒して葬る事で、そこに死肉を食べに動物が群がり、最後はからすに啄まれる。その穢れを遠ざけるため、烏野は都からかなり離れた場所にあった。

 不審な点は、つい先日に盆は終わっていて、死者の霊がそれぞれの家を訪れたばかりで、彼らが来る理由もない。しかも、都を襲った死霊は悪霊でもないのに、恐ろしい形相で、何か苦しんでいるようにも見えた。白蓮もその事について訝しいと感じていたのだろう。もちろん、涼悠もあれが自然に起きた事でないと分かっていた。

「誰かが死霊を操っていたのかもしれないということか?」

 涼悠が聞くと、

「そうだろう」

 と白蓮は答えた。あれだけの数の死霊を操ることが出来るとしたら、かなりの術者であることは間違いない。

「誰なんだろう?」

 涼悠がぽつりと言うと、

玄道げんどう

 と、白蓮ははっきり言った。

「なんで、そう思うんだ?」

 涼悠が聞くと、

「他に誰がいるというのだ?」

 白蓮が逆に質問した。

「あんなことをできる奴は、そうはいないが、なんで玄道がする必要がある? あいつは御門みかどの一番のお気に入りだぞ。都を死霊に襲わせて、あいつに何の得があるんだ?」

「分からない」

 白蓮にも、その理由は分からなかったが、玄道が死霊を操っていたことは間違いないと確信していた。

「まあ、死霊がどれだけ現れようと、俺がすべて退治すればいい話しだ。きっと、玄道の暇つぶしだったんだろう」

 涼悠は、さほど気にしていない様子だった。それでも白蓮は、これにはまだ何か陰謀が隠されているように思えた。

 涼悠も玄道がこの件に絡んでいると感じていたが、白蓮の手を借りる気は毛頭なかった。

 陽も高く昇り、牛車の屋形の中は蒸し風呂のように暑くなった。

「白蓮、暑いよ~。どうにかしてくれ」

 涼悠は帯を緩めて、胸元をはだかせた。

「分かった」

 白蓮は扇子を帯から抜いて広げて扇いだ。冷気を含む涼やかな風が涼悠の身体の熱を冷ましていく。

「ああ~、気持ちいがいい」

 そう言って涼悠は、上半身の身ごろを脱ぎ、長い髪を前に持ってきて、背中を白蓮に向けた。その肌は白く滑らかでいてしなやか。腰の括れの下の膨らみが少し見えていて、これが男の背中だとはもはや誰も思わないだろう。白蓮は修行ですべての欲を断ったつもりでいた。しかし、これ以上、涼悠の身体を見ていては、己を律することが難しいと感じた白蓮は、

「もう十分涼んだだろう。服を着なさい」

 そう言って、扇ぐのを止めて扇子をしまい、涼悠の身体から視線をそらした。

「なんでだよ。もっと扇いでくれてもいいじゃないか。なんで止めるんだよ」

「これ以上扇げば、身体を冷やしてしまう」

 白蓮にそう言われて涼悠は、

「分かったよ。俺の身体を心配してくれているんだな?」

 と、白蓮に近付いてその顔を覗き込んで言った。

「早く服を着なさい」

 白蓮が顔を背けながら言うと、涼悠は面白くなって、

「お前、何恥ずかしがっているんだ? 俺の身体を見て欲情したのか?」

 と揶揄った。

「……」

 白蓮は目を閉じ、何も答えず気を静めていた。そんな白蓮を見て、涼悠は少し気まずくなって謝った。

「揶揄って悪かったよ。冗談だからそんなに怒らないでよ」

「怒ってはいない」

 白蓮は静かに答えた。


「食事の支度をするから、お前も手伝いなさい」

 白蓮はそう言って牛車を降りた。涼悠も服を着て身なりを整えると、牛車を降りた。二人が食事の支度を始めると、針仕事をしていた女たちも手を止めて、手伝いに来た。

「私たちもお手伝いします」

 女たちが来ると、他愛のないおしゃべりが始まり、急に賑やかになった。

「白蓮様は、天界に居られるのですよね? 神様って、どんな御方なのでしょうか?」

「天上人は歳を取らないというのは本当ですか?」

 などと、白蓮には色々な質問がされたが、それに淡々と答える。そのうち、質問の矛先が、涼悠にも向けられた。

「沙宅様は、高貴なお方なのでしょう? どうして私たちのために来て下さったのですか?」

「沙宅様は、まだお若いように見えますが、御幾つでしょうか?」

「都ではどんな暮らしをして居られるのですか?」

 女たちの興味は尽きないようだった。


 食事が済むと、皆、仕事を再開した。

「涼悠、畑を耕したことはあるか?」

 白蓮が聞くと、

「あるわけがないだろ。家には畑なんてないし、野菜は市で買う」

 涼悠が答えた。

「そうか」

 白蓮はそう言って、農耕具を持って、

「畑はどのあたりがいいだろうか?」

 と近くで家を建てる手伝いをしている男に聞いた。

「畑は日がよく当たり、水はけのいいところを選ぶ」

 男はそう言って歩き、

「この辺りに作ろうと思っていたんです」

 と言って、その場所を示した。

「ですが、白蓮様は畑を耕したことはあるんですか?」

 と聞くと、

「ない」

 と答えた。

「なんだ。それじゃ、俺たちでは畑を作れないじゃないか」

 涼悠はそう言って笑った。

「教えて頂ければ出来ます。どうかご教授願います」

 白蓮が男に言うと、

「いえ、いえ。そんな滅相もない。畑も俺たちでやりますから」

 と恐縮した。

「ですが、それでは私たちがここへ来た意味がなくなります」

「そんなことはありません。こうして、家を建てられるのも、ご飯が食べられるのも、みんな白蓮様と沙宅様のおかげです。これ以上のことは望みません。もう十分よくして頂きました。本当に感謝しています」

 と男は何度も頭を下げた。これでは、無理に畑仕事をするわけにもいかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る