第2話
「お迎えご苦労!」
「俺を小間使いみたいに言うな!
涼悠は少年に怒鳴られると同時に頭を叩かれ、腕を掴まれて強引に連れて行かれた。
「そんなに乱暴にするなよ!
涼悠がそう言うと、颯太は強く掴んだ腕を放した。
「お前、
颯太が聞くと、
「するわけないだろう。俺を誰だと思っている?」
涼悠が言い、
「お前だから言っているんだ。誰にでも無礼だからな」
颯太は厳しい顔でそう言った。
「無礼だって? ああ、そう言えば、さっき、
それを聞くと、颯太は怒って、
「大馬鹿野郎! やっぱり失礼なことをしたんだな! お前という奴はまったくとんでもないな。これ以上、当家に恥をかかせるなよ。お前、みんなから何て言われているか知ってるか? 才に恵まれた放蕩者だぞ!」
と立て続けに言った。
「それって、褒めているのか? それとも
「お前は馬鹿か! 貶しているに決まってるだろう!」
「何でだよ! 俺はみんなのために悪霊を退治しているんだ。感謝はされても貶される覚えはないぞ」
それを聞いて、呆れたように、
「お前に覚えがなくても、みんな覚えているよ。お前が都でぶらぶらしながら、悪戯したり、酒を飲んで騒いだり、つけで飲み食いし放題。そんな行いをする者を放蕩者と言うんだ。一つ覚えて賢くなったな。俺に感謝しろ」
と颯太が言った。それを理解したのしないのか、涼悠は颯太の肩に手を回し、
「そうか、一つ覚えた。俺は放蕩者なんだな。俺が賢くなったのなら、お前に感謝するよ」
とニコニコしながら言った。
「お前は本当に馬鹿なんだな」
颯太は呆れる気も怒る気もなくなって、笑いながら一緒に歩いた。
「それより颯太、もう知っていたんだな、
涼悠は急に思い出したかのように言う。
「みんな知っている。天より降り立つ光を誰もが目にしているんだ」
言われてみればそうだ。あんなにもまばゆい光を放ち、死霊を一掃するなど、白蓮でなければ誰が出来るというのだろう。
二人が家に帰ると、涼悠の姉、美優の待つ部屋へ向かった。
「ただいま」
涼悠が言うと、
「涼ちゃん、お帰りなさい。大丈夫? 怪我はない?」
と、とても心配そうに、彼の身体を気遣った。
「大丈夫だよ。どこも怪我はしていない。心配し過ぎだよ。俺、もう子供じゃないんだ」
「子供か大人かなんて、関係ないわ。心配するのは当然よ」
確かに、彼らの職は命の危険がつきものだった。彼ら姉弟の両親がそれで命を落としている。美優はたった一人の弟を失うことは、何よりも恐ろしいのだった。
「それより、腹が減った」
涼悠は、姉の心配をよそに、のん気に言った。
「お前、あの店で食べて来たんじゃなかったのか?」
颯太が聞くと、
「食ったよ。でも、まだ足りない。姉ちゃんの作ったものが食べたい」
と答えた。
「分かったわ。それじゃ、何か持ってくるから待っていてね。颯ちゃんも食べる?」
「いや、俺はもう十分に食べたからいい」
「それなら、涼ちゃんの分だけ持ってくるね」
そう言って、美優は部屋を出ていった。
「まったく、お前は。美優姉さまに甘えすぎだぞ!」
「なんだ、颯太。羨ましいなら、お前も甘えたらいいじゃないか」
「馬鹿か! お前も大人になれ!」
颯太は涼悠の頭を叩いた。
「やめろって! お前はそうやって、いつも俺の頭を叩く。俺の頭が馬鹿になったらお前のせいだからな!」
「お前は、俺に叩かれなくても馬鹿だろう!」
二人が喧嘩をしていると、
「ほら、もう遅い時間なのよ。そんなに大きな声を出さないで」
料理を持って、美優が部屋へ入って来た。
「ほら、涼ちゃん持って来たわよ」
料理の乗った膳を置くと、美優は涼悠の前に座って、胡坐をかいている涼悠を注意した。
「ちゃんと座りなさい」
涼悠は美優に言われて座り直すと、姿勢を正して食べ始め、
「やっぱり、姉ちゃんの作る料理が一番うまいな!」
と嬉しそうに言った。
「私が作るのが美味しいのじゃなくて、涼ちゃんが好きなものを作っているから美味しいと思うのよ。いつか、涼ちゃんが結婚したら、お嫁さんに教えてあげないとね」
美優は美味しそうに食べている涼悠を見て、嬉しそうに言った。
「誰が好き好んで、こんな放蕩者に嫁に来るんだよ?」
颯太が顔を
「きっと、物好きもいるわよ」
美優が笑いながら言った。
「なんだよ、俺にだっていつかは誰か嫁に来てくれるに決まってるだろ! 姉ちゃんもひどいよ」
みんなでひとしきり笑ったあと、颯太は、
「姉さま、俺はもう寝ます。おやすみなさい」
そう言って、部屋を出ていった。
「おやすみなさい」
美優も颯太の背中に向かって言った。美優と涼悠は姉弟だが、颯太の父親が美優と涼悠の父親の弟なので、颯太は二人の従姉弟と言う関係だった。
「姉ちゃん、今日、月下の白蓮に会ったんだよ。それで友達になったんだ。姉ちゃんにも会わせたかったな。あの絵と同じなんだ。いや、それよりもっと綺麗なんだよ。あんなに綺麗な人は他にはいない。本当にすごく綺麗なんだ」
涼悠が何度も綺麗と言っているのを、にこやかに聞いていた美優は、
「まるで恋をしているみたいね」
と言った。
「恋だって? 白蓮は男だ。これは恋じゃなくて憧れだよ」
涼悠が言うと、美優は優しく微笑んで、
「もう遅いから寝なさい」
と言った。そこで、少しの気まずさを感じた涼悠は、
「おやすみなさい」
と逃げるように部屋を出ていった。
涼悠の部屋には、掛け軸が掛けてある。名前は『
「あ~、本当に綺麗だ。これが恋だって? 違うよな? 俺はこの綺麗な白蓮が好きなんだ。また明日も会えるよな? 天界に帰ったりしないよな?」
涼悠は掛け軸の白蓮にそう話しかけた。言葉はもちろん返ってはこない。
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