第2話

「お迎えご苦労!」

 涼悠りょうゆうが嬉しそうに言うと、迎えに来た少年は、厳しい眼差しを向けた。彼の背丈は涼悠より高く、長い髪を一つに纏めて、後ろの高い位置で縛っている。眉目がはっきりとして、聡明さが伺える凛々しく美しい顔立ちをしていた。

「俺を小間使いみたいに言うな! 美優みゆねえさまが心配している。早く帰るぞ!」

 涼悠は少年に怒鳴られると同時に頭を叩かれ、腕を掴まれて強引に連れて行かれた。

「そんなに乱暴にするなよ! 颯太そうた、腕を放せ!」

 涼悠がそう言うと、颯太は強く掴んだ腕を放した。

「お前、天上人てんじょうびとに失礼なことはしていないだろうな?」

 颯太が聞くと、

「するわけないだろう。俺を誰だと思っている?」

 涼悠が言い、

「お前だから言っているんだ。誰にでも無礼だからな」

 颯太は厳しい顔でそう言った。

「無礼だって? ああ、そう言えば、さっき、白蓮はくれんにも無礼だって言われたな」

 それを聞くと、颯太は怒って、

「大馬鹿野郎! やっぱり失礼なことをしたんだな! お前という奴はまったくとんでもないな。これ以上、当家に恥をかかせるなよ。お前、みんなから何て言われているか知ってるか? 才に恵まれた放蕩者だぞ!」

 と立て続けに言った。

「それって、褒めているのか? それともけなしているのか?」

「お前は馬鹿か! 貶しているに決まってるだろう!」

「何でだよ! 俺はみんなのために悪霊を退治しているんだ。感謝はされても貶される覚えはないぞ」

 それを聞いて、呆れたように、

「お前に覚えがなくても、みんな覚えているよ。お前が都でぶらぶらしながら、悪戯したり、酒を飲んで騒いだり、つけで飲み食いし放題。そんな行いをする者を放蕩者と言うんだ。一つ覚えて賢くなったな。俺に感謝しろ」

 と颯太が言った。それを理解したのしないのか、涼悠は颯太の肩に手を回し、

「そうか、一つ覚えた。俺は放蕩者なんだな。俺が賢くなったのなら、お前に感謝するよ」

 とニコニコしながら言った。

「お前は本当に馬鹿なんだな」

 颯太は呆れる気も怒る気もなくなって、笑いながら一緒に歩いた。


「それより颯太、もう知っていたんだな、月下げっかの白蓮が天から降りてきたことを」

 涼悠は急に思い出したかのように言う。

「みんな知っている。天より降り立つ光を誰もが目にしているんだ」

 言われてみればそうだ。あんなにもまばゆい光を放ち、死霊を一掃するなど、白蓮でなければ誰が出来るというのだろう。


 二人が家に帰ると、涼悠の姉、美優の待つ部屋へ向かった。

「ただいま」

 涼悠が言うと、

「涼ちゃん、お帰りなさい。大丈夫? 怪我はない?」

 と、とても心配そうに、彼の身体を気遣った。

「大丈夫だよ。どこも怪我はしていない。心配し過ぎだよ。俺、もう子供じゃないんだ」

「子供か大人かなんて、関係ないわ。心配するのは当然よ」

 確かに、彼らの職は命の危険がつきものだった。彼ら姉弟の両親がそれで命を落としている。美優はたった一人の弟を失うことは、何よりも恐ろしいのだった。

「それより、腹が減った」

 涼悠は、姉の心配をよそに、のん気に言った。

「お前、あの店で食べて来たんじゃなかったのか?」

 颯太が聞くと、

「食ったよ。でも、まだ足りない。姉ちゃんの作ったものが食べたい」

 と答えた。

「分かったわ。それじゃ、何か持ってくるから待っていてね。颯ちゃんも食べる?」

「いや、俺はもう十分に食べたからいい」

「それなら、涼ちゃんの分だけ持ってくるね」

 そう言って、美優は部屋を出ていった。

「まったく、お前は。美優姉さまに甘えすぎだぞ!」

「なんだ、颯太。羨ましいなら、お前も甘えたらいいじゃないか」

「馬鹿か! お前も大人になれ!」

 颯太は涼悠の頭を叩いた。

「やめろって! お前はそうやって、いつも俺の頭を叩く。俺の頭が馬鹿になったらお前のせいだからな!」

「お前は、俺に叩かれなくても馬鹿だろう!」

 二人が喧嘩をしていると、

「ほら、もう遅い時間なのよ。そんなに大きな声を出さないで」

 料理を持って、美優が部屋へ入って来た。

「ほら、涼ちゃん持って来たわよ」

 料理の乗った膳を置くと、美優は涼悠の前に座って、胡坐をかいている涼悠を注意した。

「ちゃんと座りなさい」

 涼悠は美優に言われて座り直すと、姿勢を正して食べ始め、

「やっぱり、姉ちゃんの作る料理が一番うまいな!」

 と嬉しそうに言った。

「私が作るのが美味しいのじゃなくて、涼ちゃんが好きなものを作っているから美味しいと思うのよ。いつか、涼ちゃんが結婚したら、お嫁さんに教えてあげないとね」

 美優は美味しそうに食べている涼悠を見て、嬉しそうに言った。

「誰が好き好んで、こんな放蕩者に嫁に来るんだよ?」

 颯太が顔をしかめて言うと、

「きっと、物好きもいるわよ」

 美優が笑いながら言った。

「なんだよ、俺にだっていつかは誰か嫁に来てくれるに決まってるだろ! 姉ちゃんもひどいよ」

 みんなでひとしきり笑ったあと、颯太は、

「姉さま、俺はもう寝ます。おやすみなさい」

 そう言って、部屋を出ていった。

「おやすみなさい」

 美優も颯太の背中に向かって言った。美優と涼悠は姉弟だが、颯太の父親が美優と涼悠の父親の弟なので、颯太は二人の従姉弟と言う関係だった。


「姉ちゃん、今日、月下の白蓮に会ったんだよ。それで友達になったんだ。姉ちゃんにも会わせたかったな。あの絵と同じなんだ。いや、それよりもっと綺麗なんだよ。あんなに綺麗な人は他にはいない。本当にすごく綺麗なんだ」

 涼悠が何度も綺麗と言っているのを、にこやかに聞いていた美優は、

「まるで恋をしているみたいね」

 と言った。

「恋だって? 白蓮は男だ。これは恋じゃなくて憧れだよ」

 涼悠が言うと、美優は優しく微笑んで、

「もう遅いから寝なさい」

 と言った。そこで、少しの気まずさを感じた涼悠は、

「おやすみなさい」

 と逃げるように部屋を出ていった。


 涼悠の部屋には、掛け軸が掛けてある。名前は『月下げっか白蓮はくれん』。月の光に浮かび上がるように、白い服を纏った人物が描かれている。長い黒髪が風にそよぎ、横向きの顔は、透き通るような白い肌、涼やかな瞳は月に照らされ青く輝き、すっきりと通った鼻筋。綺麗な形の唇は桜の花びらのよう。幻想的で、この世の者とは思えないほど美しかった。それはまさに、涼悠が出会った白蓮そのもの。

「あ~、本当に綺麗だ。これが恋だって? 違うよな? 俺はこの綺麗な白蓮が好きなんだ。また明日も会えるよな? 天界に帰ったりしないよな?」

 涼悠は掛け軸の白蓮にそう話しかけた。言葉はもちろん返ってはこない。

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