第3話 バスケ部のワイバーンは人気者!②

 きらは、思わず自分の目を疑った。

 見つめているのは、仮入部にやって来た誰もが憧れる先輩、ばん勇斗に他ならない。

 勇斗は、煌が転がしてしまったボールを抱えている。



「ゆ……、勇斗先輩?

 こんな俺ですが、よろしくお願いします!」


「挨拶などいらない。

 バスケ部の門を叩くお前が、運動神経ゼロだということを知っただけだ」


 透き通った声だが、トーンがかなり低い。

 まるで突き刺さるような声だ。


「俺だって、せっかくここまで来たんだから、バスケ部の一員になりたいです!

 勇斗先輩と同じコートで……」


「俺の足手まといになるだけだ。

 バスケ部なんて諦めろ」


 勇斗が煌から一瞬目を反らし、相手のいない空知に目を向けた。


「てかお前、空知の相手をしてるのか」


「そうですけど……。

 どうして、空知くんだけ名前を知ってるんですか」


「お前の声が目立つからな。

 声だけは威勢がいい」



 煌は、勇斗に目を細めたまま、何も言えない。

 相手は、スーパープレーヤーと名高い先輩だ。


「言っておくが、1年のパス練習を見てて、俺が一緒にバスケをしたいと思えるのは空知だけだ。

 目と体、そしてバスケに対する想いが本気。

 それ以外の何十人、お前と同じ扱いだ。安心しろ」


 勇斗が、そこで煌にボールを返した。

 突き放すように、長身の体が煌の前から去る。



~~~~~~~~



 空知から手取り足取り教えられた煌が、ようやくバスケットボールのパスに慣れてきたところで、顧問の安東が仮入部の1年に向かって笛を吹く。

 夕方5時。仮入部期間中、1年生の部活動はこの時間で終わる。



「空知くんのおかげで、十分楽しめたよ」


「僕も。

 小学校のミニバスも強豪チームだったから、なかなかレベルの違う仲間と練習できなかったんだ。

 今日は、かなり新鮮だったよ」


 空知は、両手で煌の手をそっと包み込んだ。


「で、神門みかどくん。

 せっかくバスケを知ったんだからさ、この部の本気を見てみない?」


「バスケ部の……本気?」


「春の県大会だよ。

 いま、東領家中はベスト8で、今度の土曜日が準々決勝、日曜日が準決勝と決勝。

 僕は土日両方行くつもりだけど、神門くんも来ない?」


「いいの? 俺で」


「いいんだって。

 神門くんに、少しでもバスケに興味持ってもらいたいと思ってるんだから!

 ね、行こっ! 勇斗先輩とも話せたんだし、あのプレーを見なきゃ損だよ!」


 特段、予定の入ってなかった煌は、強引すぎる誘いに首を縦に振るしかなかった。


「行きたい。

 せっかく空知くんと友達になったんだし、いい思い出になりそう」


「じゃあ、土曜日、朝9時に領家駅の改札前で待ってるよ」


「分かった!」



~~~~~~~~



 領家駅前、土曜日の朝9時。プラス8分。


「なんでバス、こんなに遅れるんだああああああ!」


 領家駅行きのバスに目の前で行かれた上に、次のバスが10分以上遅れて来たので、煌は駅に着いた途端に改札前までダッシュ。

 空知とはLINE交換をしているので連絡こそ入れているが、試合の開始時間がある以上、あまり空知を待たせるわけにもいかなかった。


 その姿を、黒いミニバンの中から、晶子あきこ雄大ゆうだいがじっと見ていた。

 数日前、ハンターライオネスを呼び出した男女だ。



「あの子、本当に試合を見に行くようね」


「つまり、あと2時間くらい、領家の街は無防備」


「この隙に、今度こそ私たちの目指す社会を作り上げましょう。

 さぁ、怒りと屈辱に満ちた真の心を解き放ちなさい。

 邪悪な剣とけなされた、その聖なる角の生命力を見せつけるのです」


 ハンドバッグから取り出した輝く石に、晶子が語り掛けた。



~~~~~~~~



「え?

 もう第3クォーターが終わった?」


 電車に乗って、会場のグランアリーナに着いた二人は、ちょうどアリーナ席からトイレに向かおうとしていた赤木あかき隼徒はやととばったり会った。


「カイザー、学校で遅刻して、イベントでも遅刻してるぅー!」


「あのさぁ、ハヤト。

 俺、遅刻したと言っても、駅に10分だから。

 まさか、第3クォーターまで終わってるのまで、俺の遅刻にするなよ」


 横から、空知が申し訳なさそうに赤木に頭を下げる。


「神門くん、ごめん。

 僕が勝ちあがり表を間違って読んでたみたい。

 今回は、完全に僕のミス」


「あ、君、もしかして勇斗先輩からすっげー評価されてる奴だよな?

 大事な試合を見てないって分かったら、ポイント下がるぜ?」


 赤木が、空知のおでこに人差し指を当て、にやけた。

 煌がその間に入って、赤木をなだめる。


「そんな責めるなよ、ハヤト。

 あと1クォーターあるんだし、集まった東領家中のみんなで、最強バスケ部の勝利を楽しもうよ」


「それが、うちの学校、負けてるんだよ。

 西の強豪校、希望の泉学園に」


「マジ……?」


 煌は思わず、空知に振り向いた。

 空知も困惑した表情だ。


「たしかに、あの学校は、新人戦の時も簡単に勝たせてもらえなかったからね……。

 でも、このチームがこんなところで終わらないよ」


 煌が空知の言葉にうなずくと、アリーナの中で笛が鳴った。

 第4クォーターが始まろうとしている。


「みんな、中に入ろうよ!

 試合始まるよ?」


「ごめん! トイレ行かせて」


 第3クォーターと第4クォーターの間は、2分のインターバルしかない。

 煌は、このことさえ知らなかった。



~~~~~~~~



 東領家中35-希望の泉学園53。



「接戦どころじゃない……。

 かなり差を付けられてる……」


 できるだけコートに近い席に座った煌は、途中経過に息を飲み込んだ。


「まだまだ。

 うちが、1クォーターで簡単に取れる点差だよ!」



 開始の笛が鳴る。

 煌たちから見て、右が東領家中ゴールだ。


「あ、勇斗先輩がセンターまで出てくる!」


 ゴール下にポジションを構える勇斗が、相手チームがスローインしたボールに駆け寄る。

 力強くコートを駆ける勇斗の姿に、煌は思わず体が前のめりになる。

 だが、よりバスケに詳しい空知が息を飲み込む音で、煌は我に返った。


「なんかおかしいよ。

 他のポジション、全く動けない。

 あそこだったら、シューティングガードが動くのに」


 東領家中は、5人中で4人が相手チームのガードでほぼ動けない。

 後ろから回り込もうとしても、相手の選手がその前に回り、動きを止められる。

 特に、ゴール真下に立つセンターポジションの風間は、二人がかりで動きをブロックされている。

 逆に、東領家中のポイントゲッターとなる勇斗には、誰一人ガードがついていない。


「空知くん。

 勇斗先輩がフリーなのに、これ、展開的にまずいの?」


「ボールの動き、見てみなよ。

 相手チームの中だけでパスが回ってる。

 勇斗先輩がパスをブロックして、一人でゴールまで持ってかなきゃいけない」


 空知が、声を震わせる。

 他の選手の動きを確かめて、うなずいた。


「たぶんみんな、勇斗先輩に頼り過ぎてる。

 相手チームはそれが分かってて、1対5の状況を作り出してるのかなと」


「そうなんだ……」



 煌が空知の話を聞いているうちにも、時間だけが過ぎていく。

 実質、勇斗一人が追い続けるボールは、次々と相手チームのコールに吸い込まれ、点差が広がっていく。

 第4クォーターで東領家中が取ったポイントは、勇斗が3ポイントラインの外から放ったシュートの1本だけ。

 残り2分。東領家中の生徒たちが、静まり返る。


 その時だった。



「ちょっ……!

 な、何か見える……!」


 煌が思わず席を立ち上がり、コートの上を駆ける勇斗を指差した。


「神門くん、どうしたの?」


「ワイバーンが……、勇斗先輩に取り付こうとしている……」


「ワイバーンは、勇斗先輩のことだよ?」


 空知が、コートから目を反らし、立ち上がった煌をじっと見つめた。


「そうじゃなくて……、なんか幻覚が見えるんだ。

 本物のワイバーン。

 大きな翼を広げた……」



 その時、コートの上で勇斗の動きが止まった。

 勇斗と煌、お互いの目線が一直線になる。

 勇斗は、肩で息をしながら目を細めた。


「勇斗先輩、こっち見てる。

 まだ試合中なのに……、動きを止めちゃった」


 煌が頭を下げると、勇斗がようやく足を踏み出した。

 だが、その表情は焦りの色を隠せない。


「勇斗先輩……?」


 勇斗がボールを奪い、ディフェンスをかわし、相手のゴールの下からジャンプ。

 だが、力強く叩きつけたボールがリングに弾かれた。


「ダンクを外した!」


「苛立ってる……。

 勇斗先輩まで、落ち着きがなくなってる……」


 残り20秒。

 再び勇斗が、3ポイントラインの外でボールを奪った。

 その時、風間も二人のガードを振り切り、勇斗に迫る。

 だが、風間はシュートを放とうとした勇斗の前に立ち、勇斗から力ずくでボールを奪おうとした。


「俺がここからスリーポイントを決める!

 ここまでよく頑張ったよ、勇斗」


「はぁ? 何のつもりだ、お前!

 スリーポイントなんて、決められねぇくせに!」


 客席にはっきり聞こえる、風間と勇斗の声。

 ざわつく会場。

 その中で、試合終了の笛が鳴った。

 37-75。東領家中の完敗だ。


「どうして……」


 最強と呼ばれたチームが、煌の目の前で散った。

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