第3話 バスケ部のワイバーンは人気者!①

「なぁ、カイザー。

 部活決めた?」


 仮入部が始まる日の昼休み、twitterをチェックしているきらの前に、赤木あかき隼徒はやとが立つ。


「部活?

 正直、どこでもいいよ」


「あー、夢のねぇ奴!

 部活と言ったら、中学生の華だろ?

 出会い、友達、恋人。そういうのは、部下から作ってくもんだぜ?」


「ハヤト。俺だって、入りたい部活はあったよ……。

 ボランティア部。

 前の校長先生が、ボランティアは生徒一人ひとりが持つべき精神だとか言って、廃部にしたらしいんだ」


 煌の一言に、赤木がやる気のないようなうなずきを見せる。


「本物のヒーローになるくらいだから、第一志望ボランティアだよなー。

 あー、残念!

 でも、言っておくけど、この学校、帰宅部なんてのはないからな!」


「マジ……?

 どっかには入らなきゃいけないってこと?」


「そっ!」


 ここで、赤木が膝を曲げ、腕を伸ばして煌の肩を掴んだ。


「なぁ、カイザー。

 そんな部活悩んでるんだったら、バスケ部行かね?」


「バスケ?

 お、俺……、そんな体力に自信ないよ」


 煌が体を後ろに傾けると、赤木が待っていたようにウインクした。


「あれだけ強いロボットになれるのに、体力に自信ないってさ、ウケる。

 てか、いるだけでいいじゃん!

 東領家中のバスケ部、県内最強なんだしさ!」


「マジ……?」


「去年の新人戦、県大会優勝。

 強豪、常連校、全く寄せ付けない試合を見せて優勝したの、知らねぇの?

 おっくれってるなー!」


「そんな強いんだ……」



 すると、煌の背後から飯川いいかわ萌衣めいが大股で近づいてきた。


「もしかしてキラくん、推しのワイバーン様のことも知らないのね?」


「ワイバーン?

 えっと……、ドラゴン? 二本足の」



 いや、女子が「推しの」って言ってる時点で、人だよな……。



「この先輩」


 萌衣が、スマホの画面を煌に見せる。

 オールバックの青い髪を輝かせ、バスケットボールを抱えた長身の少年が、やや細い目で見つめていた。


「普通のイケメン男子にしか見えない」


「カイザー、話の流れ読もうぜ?

 このワイバーンが、コートで暴れまくってるんだぜ?」


「バスケ強いんだ」


 すると今度は、萌衣が赤木の横に立ち、人差し指を立てて左右に振る。


「そうそう!

 中学生とは思えないくらい激しいパフォーマンス。

 ロングシュート、スリーポイント、ダンク。

 あらゆるシュートを当たり前に決めるパワーフォワード。

 それが勇斗ゆうと先輩!」


「なんかすごそうだけど、それでワイバーンなんだ」


 明らかに温度差のある煌に、萌衣が顔を近づける。


ばん勇斗を英語表記にすると、Y.BAN。だからワイバーン。分かった?」


「あー、なるほど……。

 この名前でドラゴンって言っちゃダメってことなんだね」


 うなずく煌の肩に、赤木の腕が再び迫る。


「まぁ、その偉大な先輩、一度くらい見に行かねぇ?

 一度、あの強さを見たら、バスケ部に入部届出すしかなくなるぜ?」


 にやける赤木の表情を見つつ、煌は首を傾けた。


「とりあえず、今日行くことは行くよ。

 俺に合ってたら入る。合わなかったら入らない。それでいい?」



 こうして、仮入部初日に、煌もバスケ部の門を叩くことが決まった。



~~~~~~~~



「げっ……!」


 同じことを考えている男子は、煌の想像していた以上に多かった。

 煌が男子バスケ部のコートに着くと、既に50人を超える1年生が「仮入部待機所」という札の立っている場所で待っていた。


「1クラス、男子が20人くらい。1年生は4クラスしかないはず……。

 学年の男子、ほぼここにいる……」


 煌がクラスで見覚えのある男子の顔を探し始めると、周りの1年生の顔が、一斉にコートの右側に向いた。


――ワイバーンが来た!


 一人の1年生の声を合図に、青髪、身長185cmほどと明らかに目立つ部員がパスを受け取る。

 他の部員とはコートに叩きつける音が明らかに違う、力強いドリブル。

 ガードを大胆にかわし、一気にゴール下へと駆ける。

 そして、ボールを持ったまま、ほぼ垂直に飛び上がった。


「いきなり……!」


 体育館に響き渡る、ボールをゴールに叩きつける音。

 あっさりとダンクショートを決めた、イケメン風の男子。

 ワイバーンと称される勇斗の強さが、間近に伝わる。


「すっげぇ!」


 拍手と歓声が響く中、煌も一緒になって拍手をする。

 すると、顧問と思われる男性が仮入部の待機場所に近づいた。

 年齢は50歳ほどで、頭に少ししわが生えている。



「みんな、バスケに興味があって、ここに来たってわけですね。

 私は安東あんどう太郎たろう。この春から、外部委託顧問としてバスケ部を担当しています」


 眼鏡を何度か上下させながら、安東が1年生をざっと見渡す。

 そして、安東が少し考えるしぐさを見せ始めると、1年生がざわつく。


「とりあえず、1年生は二人一組で、パス練習をしてください。

 時折、先輩が声を掛けると思いますので、その時には先輩と一緒に練習してください」


「はい!」


 煌をはじめ、多くの1年生が安東の指示に返事をする。

 そのタイミングで、黒髪の腕が太い部員が、用具室からボールのカゴを持ってきた。


「さて、彼が今日の仮入部を担当する、3年の風間かざまたくみだ。

 初めての部活で、何か困りごとがあったら、この腕の太い先輩に聞いて欲しい」


 そこに、煌の後ろにいた赤木が、周りに小さな声で伝える。


「残念。今日は、勇斗先輩じゃねぇって」


 その声を合図に、1年生が次々と安東から目を反らし、次々と繰り出される勇斗のパフォーマンスに釘付けになる。

 煌がその気配を感じ、後ろを振り向いた。


「みんな、顧問の話を聞こうよ!

 俺たち、一応仮入部なんだし!」


 それをみんなに聞こえるようなトーンで言ったのが、よくなかった。


神門みかど

 顧問の話ぐらい、聞いてください!」


「すいません……」


 煌は振り向き、安東に頭を下げた。

 周りの何人かが、煌を笑っていた。



~~~~~~~~



「最悪だ……」


 いきなり目立ってしまった煌は、二人一組になるときに徹底的に避けられていった。

 ほとんどが、よほど親しい友達か、小学校の頃からの友達と組んでおり、そのどちらも縁がなかった煌は、

二人一組から外された1年生を探すしかなかった。


 その時、煌の目に、遠くのほうで手招くジェスチャーが見えた。


「神門くん! こっちこっち!」


「俺?」


 煌は、ボールが周囲を行きかう中、手招きのする方へと走り始めた。

 薄い茶髪が、体育館の照明に照らされる。



「もしかして……、余ってるんですか?」


「そうだね。

 僕が、少しバスケできるって言ったら、みんなから逃げていったんだ」


「バスケができるほうが、バスケ部にとっては普通だと思うけど……。

 で、どうして俺の名前を知ってるの?」


「神門くんはヒーローだし、顔を見たら分かるよ」


「やっぱり、そっちで分かっちゃうんだ」


 あの手この手で知名度が上がっていく煌は、思わず照れるしかなかった。

 するとようやく、薄茶髪の1年生が自らに人差し指を向ける。


「僕は、1年2組の空知そらち大翔ひろと

 自分のバスケの実力で、勇斗先輩と一緒にプレーできると信じて、入部届も書いてきた。

 バスケ歴は、長いよ」



 ヤバい。

 本気でバスケ部入ろうとする奴と、ほとんどやったことのない俺がパス練習か。



「じゃあ、神門くん。

 僕からパスするね!」


 空知がボールを煌にチェストパス。

 煌が両手を反射的に前に出すが、ボールが煌の手をすり抜け、腹に直撃した。


「えっ、今の軽めのチェストパスなのに?」


「ちょっとタイミングが遅かったんだ」


 思わず空知の表情が固まる。

 煌の体に当たって戻ってきたボールが、空知の足元で止まった。


「たしか、バーニングカイザーは最初、敵を手で止めなかったっけ。

 動画を見たら、炎の手はどんな敵も逃さない動きを見せてたけど」


「バーニングカイザーの運動神経と、俺の運動神経、桁違いに違うんだよ。

 3年の勇斗先輩が並外れた体力を持ってるのと同じ」


 煌は再びボールをキャッチするしぐさを見せるが、すぐさま空知が首を横に振った。


「勇斗先輩は、まだ2年生だよ」


「えっ、マジ?

 あれだけ周りから注目されてるんだから、リーダーで部長だと思ったよ」


「あれでまだ2年生。まだまだ伝説を残せる先輩だよ。

 僕だって、憧れの勇斗先輩と一緒にプレーするために、ここに来たんだ」


「空知くん、マジだ……」


 ここで空知が煌に近づき、ボールを渡す。。


「今度こそ、僕とどこまでパスが続くか決めようよ。

 僕はバウンドパスで行って、神門くんはどういう返し方でもいい。

 怯えるのだけは、ダメだよ」


「分かった!」


 煌は、空知に向かって真っ直ぐボールを投げたつもりが、思った以上に高く上がった。

 空知が手を高く上げてキャッチ。

 そこからワンバウンドで煌にボールを返すが、煌の顔面直撃コースで跳ね返った。


「怖ぇっ!」


「えっ?」


 煌が一歩下がってボールをキャッチしようと手を伸ばしたが、一足早くボールが煌のあごに直撃。

 煌は、尻からコートに投げ出され、ボールがパス練習をする1年生の後ろを駆け抜ける。


「す、すいません!」


 体育館の床を転がっていくボールを煌は走って追いかける。

 ボールが煌の身長ほどの距離まで縮まったところで、ボールにダイブした。


「いてっ……!」


 煌はジャンプで距離を稼ごうとしたが、指先にボールが触れただけで、体から床に倒れていった。

 胸に激しい衝撃が走る。


「ダメか……」


 倒れた煌から、ボールが再び離れていく。

 煌は、両手を床について立ち上がりかけた。

 そこに突然、高いところからの鋭い視線と独特のオーラが、煌に襲い掛かる。



「お前、そんな体力で、試合に出れると思うのか?」


「誰……?」


 煌は、声に誘われるように見上げた。

 イケメン顔で青髪の、背があまりにも高い部員が、煌を見つめていた。



「勇斗先輩……?」

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