第1話 勇気と炎のスーパーヒーロー誕生!②
「何が起きたんだよ……」
「先生。石を落としましたよ」
煌は、青く輝く石を神崎に差し出した。
持ち主に返すのは当然のこと。そのまま奪えば、罪になる。
はずだった。
「もういい」
「どうしてですか……?
先生がポケットから落としたんですよね?」
煌が神崎の目の前に石を差し出しても、神崎は受け取ろうとしない。
学ランについた煌の名札に目をやるだけだ。
「そのミラーストーンと、蘇ったアルターソウル……、
好きに扱え。
先生……、いや神崎明の邪魔にならなければな……」
そう言ったきり、神崎はため息をつき、階段を降りていった。
つい先程まで、階段から家庭科室のほうに体を向けていたにもかかわらず。
「変なの。神崎先生……」
そう言い残して、煌は再び石を拾った場所に目をやった。
煌が石を外しても、そこから半径2mがまるで結界のように白く輝いていた。
「このサークル……、そのうち消えるのかな……。
てか、ミラーストーン? に触っただけで、どうしてこんなのができるんだ……」
~~~~~~~~
その日の昼休み。
校庭ではなく、階段のミステリーサークルに生徒が集まっていた。
3時間以上経っても、まだ残っていた。
「ミラーストーン……、と……」
1時間目の休み時間に出てきた、知らない言葉三つを、自分の席で検索する煌。
中学入学でやっと買ってもらった新品のスマホの操作には、まだ慣れない。
検索するだけでも時間がかかる。
そこまで苦労して検索した結果が……
「検索結果、3件だけ……」
ミラーストーンの検索結果は、世の中の全てを知り尽くしたgで始まる検索エンジンでも、それしかなかった。
しかも、出てくるのが全てオカルトぽいタイトルで、ごく限られた超常現象の信者だけで伝説になっている話だった。
「これ、開きたくないな……。
買ったばかりのスマホが、ウイルスで動かなくなるかも知れない」
煌は、最初の検索ワードを早々と諦めて、次に「アルターソウル」を検索した。
こちらも、煌の望むような検索結果が並ばなかった。
「もう一つの魂。心の内に秘めた魂。第二人格……。
煌は、スマホを机に裏返す。
またカタカナ語が増えてしまった。
「ミラーストーンの力で、俺のアルターソウル、バーニングカイザーが動き出した……。
ということは、やっぱりミラーストーンが何なのか分からないと、他の答えに辿り着かない……」
煌は、机に座ったまま頭を抱えた。
やや立たせたオレンジ色の髪が、煌の右手で押さえつけられる。
その時、煌の耳に、女子の透き通った声が響いた。
「キラくん、もう中学生なのに、そんな言葉検索してたの?」
煌は振り向き、息を飲み込んだ。
小6のときも同じクラスだった、
あだ名は、メイちゃん。
煌の横に立ち、茶髪のツインテールを窓から吹く風になびかせる。
「そ……、そんな言葉って何だよ。メイちゃん」
煌は、既に裏返しているはずのスマホを再び裏返した。
ディスプレイが萌衣に丸見えだ。
「言っておくけど、俺、変な言葉検索してないから!」
ディスプレイに傷がつきかねないような勢いで、煌が再びスマホを裏返す。
すると、萌衣は自分のスマホを取り出し、慣れた手つきで言葉を入力する。
「はい。これ?」
萌衣が、自分のスマホを煌に突き出す。
そこには、ロボットの画像がいくつも並んでいた。
どう見ても、午前中に見てしまったロボットそっくりだった。
バーニングカイザーで検索されてしまった……。
「キラくん、変な趣味持ってるのね」
思わず息を飲み込んだ煌に、萌衣は確信したような目で見つめてくる。
「そんなの誤解だよ!
口ではバーニングカイザーって言ったかも知れないけど……、俺の知らない世界だし!」
「あ、そう……」
萌衣は、ウィキのリンクをタップする。
「『灼熱の勇者バーニングカイザー』。
2004年に、たった3回で打ち切られたロボットアニメ。
『ブレイバーシリーズ』と呼ばれるアニメの、最後の作品」
「は? 3回打ち切……」
そこまで言って、煌は口を閉ざした。
萌衣の説明に食いつく、イコール、バーニングカイザーに興味がある、と自ら言ってしまうようなものだ。
「やっぱり、オタクの趣味を持ってたのね、キラくん。
いま、2023年。
昔のアニメに今ハマるの、重度のオタクだから」
「じゅ……、重度のオタク?
オタクって言ったら、アルトじゃないの?
俺……、ロボットとか全然興味ないし」
秋葉がトイレに行って教室にいないからこそ、露骨に言える反論。
だが、萌衣はそれで納得しない。
「ホントに?
朝、自分で自分のことをスーパーヒーローって言ってたのにね」
言った。
あの女性から言われたようなことを、そのまんま。
「うん……。
でも、あれは俺が遅刻の言い訳で言っただけだし、本物のスーパーヒーローにはなれないよ」
「なれるって!
キラくんがスーパーヒーローになるの、私、待ってるから!」
萌衣が、煌の肩を軽く叩き、煌から離れる。
「やっと、あれから離れられる……」
だが、煌が一息つく間もなく、秋葉がトイレから戻ってくる。
「なぁキラ、ちょっといい?」
「なんだよ」
秋葉が、スマホを煌に見せる。
「これ、廊下のサークルと同じじゃん?」
SNSで二日前に投稿された、白く輝く光のサークルの画像。
投稿者の名前は、バフォメット。
カタカナなので、おそらく日本人のアカウントだ。
――ドラゴンを生んだ、ストーンとサークル。
自然共生社会を目指す幻獣が、いま蘇りました。
文章の下には、同じようなサークルと、その中心にちょこんと座った白く小さなドラゴンの画像。
だが、投稿日も二日前で、青空と緑の木々に囲まれている。
明らかに東領家中学校ではない、金色の太陽のモニュメントが乗った建物。
「マジかよ……。
あのサークル、幻獣を生み出せるんだ……」
さすがに、そのミステリーサークルを作ったのが自分自身だと、秋葉には言えない。
「それは分からないけど、これからどんどん増殖するんじゃね?
あ……、リプがきてる」
秋葉がスマホをスクロールすると、リプライが出てきた。
返信は、同じくバフォメット。
そのコメントの言葉を煌に見せた瞬間、煌は息を飲み込んだ。
――さぁ、人間から自然を取り戻す力が、ここから解き放たれました。
その名は、ドラゴンファング。
領家市に潜む、邪魔なアルターソウルを倒すべく。
「え……? は……?」
アルターソウルのアの字も伝えていない煌は、それしか言葉にならない。
映っているのは二日前よりはるかに大きくなったドラゴン。
たった二日で、そこまで成長したことになる。
邪魔なアルターソウルって、もしかして俺?
いや、バーニングカイザー?
煌は、震えるしかない。
「キラ、なに震えてるんだよ。
領家の街にドラゴンが来るんだぞ!
異世界が、マジで見られるじゃん!」
「アニメじゃないって。
マジで、この街がドラゴンに襲われたらどうするんだよ!」
「そうなったら、自衛隊とか出動するんじゃね?」
そう秋葉が呑気に構えるほど、ここ東領家中学校では普通の昼休みが過ぎている。
念のため、煌は窓の外に目をやった。
「げ……」
空の向こう側、領家駅近くのタワーマンションの影から、煌が見たことのない長い首が覗かせた。
あのドラゴンファングの頭だ。
『……キャオーン!』
ギンギン響く高い音が、突然学校の上空を襲った。
それまで校庭で騒いでいた生徒たちが、一斉に上空を見上げてざわめき出す。
その時――。
『あれは平和を脅かす、巨大なドラゴン。
止めなければ、あの高層マンションが崩れ落ちる!』
「えっ……」
光の中で聞いたバーニングカイザーの声だ。
煌は左右を見渡すが、その姿は見えない。
ポケットのミラーストーンが、声を拾っているのは間違いない。
「これ、マジでスーパーヒーローが求められている展開?」
「そうじゃね……?
キラが、マジでスーパーヒーローになるチャンスじゃん!」
気が付くと、横で秋葉も外を見ている。
ドラゴンファングがタワーマンションに手を掛けようとしていた。
「あのさぁ、アルト。
あんなの、
煌は席から立ち上がり、急いで教室を飛び出した。
胸のゾクゾクが止まらない。
ヤバいって!
俺、戦うしかない……。
本当にバーニングカイザーになれるかは、分からないけど。
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