第1クール

第1話 勇気と炎のスーパーヒーロー誕生!①

 その日、きらの上にすがすがしい朝の空が広がっていた。



「遅刻、遅刻! ちっこっくっ、だああああああああ!」


 入学式からわずか二日で、市立東領家ひがしりょうけ中学校へと続く幹線道路を全力で走ることになった煌。

 理由は、一家揃っての寝坊。

 今頃登校してくるような生徒は、他にいない。

 朝の通勤ラッシュにハマった車のドライバーの横を、中学生が一人全力で駆け抜ける姿は、余計に目立つ。


「ギリか……」


 信号待ちで、ポケットから取り出したスマホで時刻を見た。

 ホームルームまで、あと3分。

 あとは、信号の先で歩道橋を渡りさえすれば、中学校の校門に辿り着く。

 何とか間に合うと確信した煌が、歩道橋に足を乗せようとしたときだった。


 頭上の空気が変わった。


「あっ……!」


 暴走を始めたベビーカー。自転車用のスロープから、加速度つけて。

 動かしていた女性が、スロープ横の階段を踏み外して、ベビーカーを離したのか。

 スロープを転がり落ちる赤ちゃんの、空気を裂くような絶叫。


「止めなきゃ……!」


 煌はスロープにジャンプ。

 ベビーカーに正面からアタック。

 ゴツン。

 煌の赤いスニーカーにぶつかる、ベビーカーのタイヤ。

 煌の体が、反射的に前に出る。


「止まれえええええええ!」


 煌は力いっぱい、ベビーカーと赤ちゃんを止めに出た。

 だが、ぶつかった衝撃で赤ちゃんが弾き飛ばされる。

 ベビーカーを体で止めようとしたので、上まで手が伸びない!

 赤ちゃんが、煌の真上を、マントを着けたスーパーマンのように飛び越えていく。

 ベビーカーを階段に倒し、振り返る煌。

 赤ちゃんは既に、お尻をトランポリンのように弾ませながら、一番下の段まで落ちていく。


「やば。俺、まずいことやった……?」


 下まで行ってしまった赤ちゃんに、煌は駆け足で降りていく。

 大声で泣き出した赤ちゃんに、小さな声で「ごめん」と言いながら、恐怖を覚えてしまったその顔を見続けた。

 お尻で着地したのが幸いし、命に関わることはなさそうだ。


「本当に助かりました……」


 背後から聞こえた声に振り返ると、赤ちゃんの母親と思われる女性が、ベビーカーを片手に持って立っていた。

 煌は、オレンジ色の髪を軽く撫でながら、恥ずかしそうな表情を浮かべた。


「お、俺……、大したことやれてないです。

 ベビーカーも止められなかったし」


 すると、女性が軽く笑みを浮かべながら「いいの」と軽く返す。


「あなたが止めようとしなかったら、あのまま転がって、歩道に頭から投げ出されてましたし。

 それだけでも、あなたは、この世界に降り立ったスーパーヒーローです」


「スーパーヒーロー……って言われるの、すごく恥ずかしいです。

 地球に敵が襲ってきたわけじゃないのに」


「それでも、あなたの勇気は、凄いと思います。

 ホントにありがとう」


 女性は、ようやく泣き止んだ赤ちゃんをベビーカーに乗せ、「ごめんね」と一言告げて、再び歩き出した。

 そこで煌は、ようやくやらなければならないことを思い出した。


「あ、学校……」


 遠くから非情なチャイムが、煌の耳を貫いた。



~~~~~~~~



神門みかどくん……、神門、煌くん……、は欠席ですね」


 東領家中学校1年3組。

 担任の難波なんば星斗せいとが、教室に生徒の名を二度読み上げて、出席簿に斜線を引く。

 そして、出席簿から目を離した瞬間に、教室前側のドアを煌がバンとこじ開けた。


「遅れてすいません!」


「神門くん! 入学三日目で遅刻するなんて、先生、見逃しませんよ!

 なんで遅刻しましたか? 理由を正直に言いなさい」


 クラスの遅刻第1号だけあって、黒髪メガネの難波の顔が、鬼のように煌に迫ってくる。

 ここは、理由を正直に言うしかないようだ。


「先生……。俺、さっきスーパーヒーローになってました」



「は……?」



 あっけに取られる難波。

 次の瞬間、担任よりも先に、生徒たちがざわつき始める。


「スーパーヒーローって、アニメかよ!」


「ゲーム脳なんじゃね?」


 煌は、難波から目を反らし、見当違いの言葉を浴びせる生徒たちを見る。

 そこに、難波の呆然とした声が煌の耳に響く。


「……いま、スーパーヒーローと言ったが、朝から何をしてきたんですか?」


 よし、言うチャンスが回ってきた。


「先生。

 すぐそこの歩道橋を渡ろうとしたら、上からベビーカーが落ちてきたんです!」


「それで?」


「俺が、落ちてくるベビーカーを止めて、何とか赤ちゃんを守りました!

 お母さんから褒められたんです!

 たぶん、俺、人の役に立てたはずです!」



 煌が息をつくと、難波が腕を組んで煌の目を見る。


「神門くん。

 困ってる人を人一倍助けようとするのは、いい行いです。

 けれど、神門くんは、あくまでも中学生。

 遅刻までして、ヒーローになるんじゃありません。分かりましたか」


「はい」


 煌は、ようやく席に向かった。

 そこに、隣の席に座る秋葉あきば主人あるとが、煌の顔を覗き込む。


「普通の人間が、他人のピンチに手出しするの、おせっかいでウザくね?

 戦隊モノじゃないんだし。

 マジキモいんだけど」


「おせっかいでやってないよ。

 困ってる人を見たら助けること、親からも学校からも言われてきたから、その通りやってるのに」


「キラはバカだなぁ。

 学校で教わることをいちいち守ってたら、人間窮屈きゅうくつになるじゃん。

 てか、そんな真面目を貫くんだったら、なんで学ランのボタンとめない?」


 煌は、秋葉に言われて初めて、学ランのボタンに手を伸ばす。


「あ……、やべ……」


 遅刻しそうだったから、学ランのボタンにまで気が回らなかった。


「体を張ったヒーローは、だいたい動きやすい服装してるじゃん。

 すぐに、バッと服を飛ばせるように。

 ウチはそう思うけどな」


「そんなの、二次元の世界じゃん。

 俺は、そこまでのヒーローになれないって」


 入学式で、カバンに「ララライブ!!」の女子キャラのキーホルダーをつけるメガネオタク。

 それが秋葉だ。

 煌は、それがオタクの間で有名だというニュースでしか聞いたことがない。

 秋葉の知っているアニメのヒーローと、どうしても比べたくなる。


「俺、本当にヒーローなのかな……」



~~~~~~~~



 精神を流れる冷や汗が止まらない1時間目が終わる。

 別の空気を吸おうと、煌は教室から廊下に出ようとした。

 瞬間、煌の目の前を数人の男子生徒が、右から左に駆け抜けていく。


「……っ!」


 煌の鼻まで、10cmもない。出るタイミングが少し早ければ、入学早々鼻から出血だ。


「走るなよ!」


 煌が声を上げるも、当の走り去るグループは振り向くこともしない。

 鬼ごっこでもやっているのだろうか。

 たしかに、小学生の頃と違って、休み時間になった途端に校庭に出て行くような雰囲気ではないが、だからと言って、校庭でやっていたような鬼ごっこを廊下でやっていいわけではない。


「廊下で事故が起こったらどうするんだよ」



 煌は、男子生徒たちが走り去った方向に、なるべく普通のスピードで歩く。

 1年1組の前まで来たとき、今度は廊下の奥、家庭科室や音楽室が並ぶほうから、さっきの男子生徒たちが、走って煌に迫ってきた。

 家庭科室に向かおうとする上級生が、男子生徒たちの鬼ごっこを次々とよけていく。


「走るなって! 危ないし!」


 煌が声を上げた、次の瞬間。

 ちょうど煌の横にある階段を、一人の先生が上がってきた。

 社会科の神崎かんざきあきらだ。

 その神崎が廊下に出ようとしたところに、鬼ごっこの男子生徒が飛び出してきた。


「あっ……!」


 重く、鈍い音が煌の耳に響く。

 案の定、起きてしまった衝突。

 ぶつかった生徒は廊下で尻餅をつき、神崎は背中から壁に投げ出される。


「先生っ!」


 煌は、大きく突き飛ばされた神崎へと駆け寄る。

 その時、神崎のポケットから、大きめのかたまりが飛び出し、二度、三度と床をジャンプしていき、階段すれすれのところで止まった。


「あっ……!」


 大きな塊は、小学校の理科の授業でも習ったことがないような、青く輝く石。

 同時に、背中が一番痛いはずの神崎の目がその石へと向けられるのを、煌は見た。


 大事そうだ。拾った方がいい。

 煌の正義感が、そう判断した。

 一度、神崎の怪我を確かめてから、神崎のポケットから落ちていった石を拾いに行く。


 そして、煌がその石の前で中腰になったとき、背後から声が響いた。


「それを拾うな!」


 生徒にぶつかった時でさえ出なかった太い声だが、おそらく神崎の声だろう。

 そこで煌は我に返ったが、一度前のめりになった体は、簡単に元に戻せない。

 バランスを崩したまま、煌は石の上に右手を置いた。



「えっ……?」



 それまで全く輝かなかったはずの石から、突然まばゆい光が解き放たれた。

 すぐ目の前にある窓から光が差し込んでいるが、それをはるかに上回る眩さだ。

 同時に、煌の右腕に力が湧き起こる。

 煌は、石から右手を離そうと体をのけ反るが、手が離れない。

 やがて、目を開けていられないほどに光が強くなっていった。


「ま……、眩しい……!

 何が起きてるんだ……!」


 目を閉じていても、煌の瞳には白い光しか感じられない。

 右手が、石からドクンドクンと力が湧き上がるような衝撃を感じた。


 これ、普通の石だよな……。

 なんか、魂が吸い込まれていくんだけど……。


 その時、もがく煌の耳を、神崎よりもはるかに低い声が貫いた。



『我が魂を眠りから解き放つ、勇ましき少年よ……。

 我が魂はいま、ミラーストーンのもと、お前の魂の中で解き放たれた……』



「勇ましき……、少年……。

 って、俺……?」


 煌は、もはや何故石を手にしているかも分からなくなった。

 眩い光に続いて、エコーのかかった声。神崎の声ではない。

 起きていること全てが、この世界のものとは思えない。


「というか、誰がしやべってるんですか……」


 その時だった。

 真っ白な世界の中から、小さい頃にアニメや特撮で見たような巨大ロボットが現れ、緑色の目を輝かせながらゆっくりと迫る。

 目が合った先には、黒く輝く鋼の体。

 胸には金や赤のパーツが湧き上がるように描かれ、その中央に炎のエンブレム。

 重厚そうな黒い足にも、炎が燃え上がるような装飾。

 さらに、頭を覆う赤いメットからも、炎の装飾が飛び出す。



『我が名は、バーニングカイザー。

 この世に漂う悪を打ち破る、炎の戦士――』



「バーニング……、カイザー……?

 って……、誰……?

 聞いたことない……」


 煌が思わず声を上げたとき、ようやく眩い光がフェードアウトし、右腕の力も抜けていった。

 煌は目を開いた。

 廊下や階段は、ほぼ何も変わっていなかった。


 煌が石を置いた場所から半径50cmほどのところに、輝くような白い円が刻まれたこと。

 そして、バーニングカイザーの魂が、神門煌の魂の中で解き放たれたことを除いて――。

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