書庫

第7話 別邸

 「あーもー黄仙の世間知らず!毎回毎回、驚かせないでよ!」

 「いや、茘枝ライチ食べたいつったのお前で」

 「そんなに高価なものだなんて知らなかったのよ!」

場所は黄仙邸の裏庭にある井戸。水を汲みに来た青年に、まだ愚痴を垂れているのが菊花だ。

 「いや、国を傾ける妃好んでが食べてたんだから、それなりの価値があるってわかるだろ?」

 「分からないよ!驚くからちゃんと言ってよ、私が食べる前に!」

 「今日言ったのもお前が食べる前……」

 「ごちゃごちゃ言わないの!」

 菊花は腰に手を当て憤慨しているが、ほぼ八つ当たりの部類といえよう。菊花は青年が好きだが、同時に自分を死なせてくれない青年を疎ましく思っている側面もあるから。

 「はぁ、もうお前は……、取り敢えず中入れよ、まだ春先で冷えるぞ」

 「やーだね」

 菊花は青年を無視すると、水瓶にもたれかかって庭を眺めた。青年の仙力に満ち、豊かな土壌を形成する箱庭には、季節ごとに美しい花を咲かせる植物より、食べれる野菜ばかりが運びっており、とても仙人の家とは思えない。青年は現実主義者で花を愛でるより農作物を育てる方を好む。菊花も名に「花」を冠していながら、花が嫌いだ。

 そんな庭の中央には、屋敷を守るが如く背高くそびえる大樹が存在していた。真ん中にぽっかりと穴のあるその木は、菊花は知らぬがかしわである。

 「おい、濡れるぞ」

 「別にいいでしょ。私木眺めてるんだけど」

 不機嫌に染まった声音に、青年はそっとため息をこぼす。

 「じゃあ、眺め終わったら黒森くろもりの所、行ってくれないか」

 「眺め終わらないから無理〜」

 尖った唇から出る言葉は子供の言い訳そのままである。

 「……今日の菓子、月餅だぞ。言ってくれたら、一個増やしてやる」

 「行く!」

 そして青年も、そんな子供を物で釣る悪い癖がつきつつあった。


 黄仙邸は、仙境の中央に位置する国・黄信こうしん国の辺境にある。竹の柵と広大な庭園ならぬ農園に囲まれた、中級貴族の邸宅ほどの広さを誇るその家は、地元民が認識されぬ様結界に覆われている。

 結界の丁度中央に位置するのが、質素だが黄仙の趣味であちこちに巨匠が掘ったかとまごうほど精巧な彫刻がなされた本邸。黄仙邸の中で農園に次いで広い。

 ついで蔵。菊花がよく侵入する建物だ。宮廷の宝珠たからにもおとらぬ品物がずらりと並んでおり、全てを売り払えば国が二個ほど買えるほどの金銭を得れる。

 そして、最後に別邸。多くの書物が終われた、言うならば大図書館。宮廷ほど大きな物では無いが、置かれているのはこの世界が始まった頃から書かれている歴史書や、貴重な仙術を記した霊術書など、一つでも売れば一生豪湯して暮らすことも可能だ。

 勿論、その事は菊花も知らない。知っていれば、とうの昔に売り払おうとしていただろう。菊花は芸術的価値よりも金銭的価値の方を優先する、根っからの現実主義者であるから。

 ちなみに青年は、言わずもがな芸術家の現実主義者だ。

 

 別邸の入り口は、本邸の西にある井戸から南に進んだ方向にある。ザクザクと下草を踏み分けながら歩いて行くと、いかにも田舎らしい質素な黒紫ヘイツー色の建物が見えてくる。

 小走りで戸に駆け寄ると、見かけによらず滑りよく開く。

 「黒森!どこ!私よ!」

 菊花の大声が、蝋燭の光がぼんやりと棚を照らすへや伽藍堂がらんどうに響いていく。

 「……ん〜、あれ、菊花?」

 もぞり、と室の奥の方で影が揺らめいた。薄い毛布がずり落ち、草書折り重なる床へ滑り落ちる。  

 「そーよ、用事!」

 偉そうな物言いで、びしりと影を指差す。

 「ああ、もうそんな時刻か」

 か細い光が照らしたのは、青年よりも少しとし上に見える容姿をした男だった。

 彼の名は黒森。仙境の人々がさけす

地界人である。

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