第2話

 高いところから落ちるような感覚で眠りから目覚める。


 俺は夢を見ていたのか。

 体を起こす。

 夢を見ていたということすら忘れそうになる。


 そうだ。

 全ては夢だったんだ。

 一人だけサスペンデッドシンバルを持ってきたら、中野といえども浮くはずだ。あんなに注目されるはずがない。


「大丈夫か?」

 気がつけば、目の前に中野がいる。

「あぁ」

 俺は訳もわからず答えた。


「おきた?」

 響香の声だ。

 振り向くと、そこには響香と母さんがいた。

 

 周りを見渡してみる。


 ここはどこだろう。

 観葉植物の鉢と長椅子が一つ。

 俺はその長椅子で寝ていたようだ。

 すっかり自分の部屋のベッドで寝ているような気分になっていた。

 そして書類などが入っている棚があり、机が一つと椅子が二つ。

 母さんと中野はその椅子に座っており、響香はただ突っ立っている。


 響香があの淡々とした口調で言った。

「私のシンバル使ったのに、結局浮いてんのね」


 どういうことだろう。

 確かに俺は響香のクラッシュシンバルを使った。

 だが、少なくともあのクラスで俺は浮いていなかったはずだ。

 しかもそれは夢の話ではないのか?


 中野の方に向き直る。

 俺はまだ状況が飲み込めていない。

 中野は笑いながら言った。


「お前、やっぱり浮いてたな」


「え?」


「でも、浮いてないお前なんて、お前らしくないよ」





 馬鹿にしているのだろうか。


 眠りから目覚めると知らない部屋にいた、という人に向かって起き抜けにかける言葉ではない。





 だんだん思い出してきた。

 俺はあのとき響香の部屋の窓から身を投げた。

 死のうとしたわけではないが、自分の不甲斐なさを思い知り、どうしようもなく悲しくなってしまったのだ。



 だが、中野の笑顔を見ていると、あれほど思い詰めていたのがどうでも良く思えてきた。


 どこからが夢だったのだろうか。

 それとも、全て現実だったのだろうか。


 いずれにせよ、俺は浮いてしまっていたらしい。



 窓の外に目をやる。



 空は晴れ渡っていた。

 少し日が傾いてきており、東の空から西の空に、青とピンクのグラデーションができている。


 夕暮れ時に晴れていると翌日は雨になる、という話を聞いたことがある。

 俺はあれを、嬉しいことは毎日は続かないという比喩だと思っていた。何の捻りもない表現だと見下していたのだが、科学的根拠があるらしいと最近知った。



 だが、雨が降っても、傘をさせば良いだけだ。


 傘がなければ、ずぶ濡れになれば良い。


 俺以外の全員が傘をさしていたとしても、俺なら傘を持たずずぶ濡れになることを心地よいと思えるような気がする。






「よし、帰ろっか」


 母さんがそう言って、椅子から立ち上がった。

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