第16話 君に会えて良かった。

 連行されるバルレック・シューベルト。

彼のことを天才だと褒め称えていた市民たちは、数日後にはそのことはまるでなかったかのように彼の批判をはじめた。

当然といえば当然である。

数十人もの軍の幹部を全員殺したのだから、もう彼はただの狂気殺人鬼へと成り果てた。

あまりにも残虐な犯罪に手を染めたのだから、子供だったとしてもその先に待つのは死だけだ。

そう思われるのも当然だった。

それでもカセルダーンは、法に乗っ取るならば彼を殺すことはできないとした。

確かに、子供への犯罪に対する刑で死刑は禁止されている。

しかしそのことを弁解しても、非難の声が止むことはなかった。

できるだけ人々の視線を集めないように、カセルダーンが都市から数キロ離れた城を与えたのだ。

無論、『バルレック・シューベルト』の存在を皆が忘れてくれることが一番の安泰につながる。

そのため、彼の全ての行動はほとんど秘密裏ひみつりに行われた。

しかし、とあるミスによってある人物はシューベルトと出会ってしまった。

まだ幼き少女と、である。


 シューベルトはいい加減この軍の拠点を出たいと思いながらも、四六時中拘束されていた。

身柄を確保されてから、数日か数ヶ月か長いような短いような時が過ぎていった。

ある日、彼はカセルダーンの用意した城へと移動することになる。

逆らう理由もなく、彼は馬車に乗り込もうとする。

そこで、彼は壁に寄りかかっている小さな少女を発見した。

安い布を体にまとっただけのような汚い格好をしながらも、彼女の冷たいだいだい色の瞳は印象的だった。

その少女は、こちらを見つめていた。

しかし、ある意味見下みくだしているようでもあった。

彼は瞬時にその少女の前に動く。

もちろん周りの軍隊員は止めようとしたが、それよりも先に彼女から衝撃的な言葉が発せられた。

「……君、こんなところにいていいの? 危ないよ、家に帰りな? 」

「……あなたがバルレック・シューベルトですか。私はあなたの一連の行動を支持します」

直後、沈黙が降りる。

その時、周りの軍隊員が急かすように耳元で言う。

「……おいシューベルト、早く行くぞ」

それでも、彼は少女の前に立ったままだ。

「確かに、あなたは人を殺すという重大な犯罪を犯しました。しかし、私もあなたと同様本当にこの国を勝利に導くには犠牲が必要だと考えます。彼らがいては、何も変わらないでしょう」

シューベルトは、その少女のことをまじまじと見つめた。

そして彼は笑う。

「……君は、僕が10年かけて気づいた真実を理解しているんだね! 君のほうが僕よりもよっぽど天才だよ! 」

彼は心の内で思う。

いわゆる孤児は、勉強の機会を与えられることがほぼない。

それでも、彼女は僕と同じような思想を持っているということか。

「……一応言っておきますが、私に家など存在しません。年齢さえもあやふやです、いつからかここにいました。だから、あなた方の構える銃口から銃弾を放ったところで無駄な死体が増えるだけですが」

銃口を構える軍隊員が彼女の言動に汗を流し、とにかく誰かに連絡しようとしたとき、シューベルトが言った。

「ねぇ、この子って連れて行っちゃダメかなぁ? この国の法律上なら、孤児自身が許可すれば誰でも引き取ってよかったよね? 」

隊員の一人が驚きながら叫ぶ。

「な……! 第一、お前は犯罪者だ。犯罪者には法が適用されない場合が多いのだから……」

そう言いかけた瞬間、シューベルトはその男を強く睨みつけた。

「いや、僕は今のところ犯罪者ではありませんよ? 軍の司令官です」

シューべルトは瞳孔が開かれたまま、その男を見つめ続けた。

隊員の一人は顔色を悪くしながらも呟いた。

「わ、分かったから! とりあえずその少女の戸籍登録がないかどうかを調べてみるから……」

「そんなこと不要だよ。もし彼女に帰る場所があるなら、とっくにこんな危険な場所と見知らぬ男から逃げ出してるでしょ」

少女はあまり興味がなさそうに空を眺めていた。

シューベルトは彼女を抱き上げ、そして呟く。

「名前は? 」

「…………さぁ」

彼は少女に向けて微笑んだ。

「じゃあ、『レイカ』でいいかな? なんかかっこよくて可愛いじゃん。この国の神話上に登場する女神だね」

「……たしかその女神は絶世の美貌の持ち主でしたよね? 私と合ってないですよ」

彼はもう一度笑う。

「まぁまぁ、これからの生活の仕様で女神も驚く美人になっちゃうかもね〜」



 馬車に乗っているシューベルトは、カーテンの模様を見つめながらそんなことを考えていた。

前に座る使いの男から、そろそろ戦地だと知らされため息をついた。

彼は馬車を降りながら、誰にも聞こえないような声で呟く。

レイカちゃん、結構な美人になっちゃったよね、と。

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