第三幕
第15話 素晴らしい少年。
シューベルトは馬車の中で、何も言わずに変哲のないカーテンを眺めていた。
「おい! 話を聞いているのか! 」
という乱雑な声を無視すると、向かい側に座っている男が大声で言う。
「今日、お前は最前線で戦うのだ! もう少し真剣になれ」
それでも彼は、顔の表情を変えることなく座っている。
シューベルトは思い出さずにはいられなかった。
僕が『犯罪者』になり、レイカと出会ったあの日のことを。
――八年前――
まるで池のような大きさの噴水と、それを囲む数えきらないほどの花が真っ白な城の庭園を彩る。
その城には代々、『風』の魔術を受け継ぐバルレック家の血縁者が住んでいる。
そして、バルレック家当主である父の一人息子、バルレック・シューベルトも例外ではない。
彼は現在15歳になったばかりだが、その抜きん出た才能は常に人々の注目を集めた。美しいグレーの瞳、太陽に照らされて輝く茶色の髪、整った顔など、見た目も申し分なかった。
しかし、彼が注目を集めた一番の要因は、魔術のレベルにあった。
従来の魔術師は、年齢を重ねながら様々な魔術を身に着けていく。が、彼は家庭教師などから魔術を教わるとっくの前に、大概の風の魔術を使用することができた。
彼は頭もよく物わかりが良かったため、彼の通う学園でも学年主席の座を譲ることはなかったと聞く。
市民たちは彼のことを天才だと囁き、バルレック家の次期当主は彼以外に候補をあげることができないぐらいだった。
だがシューベルトは、堂々と市民の期待を裏切った。
彼の真面目かつ合理的で正確な答えを導く性格が、彼をこうさせてしまったのかもしれない。
「…………僕はずっと、考えてきました。このストーリック王国を守るためには、周辺隣国との戦いを即座にやめなくてはいけない。しかし、今この状況で話し合うなんて到底不可能でしょう? こうなったら、今は戦いに勝つしか無いんです」
彼は、周りにいる軍隊員に呼びかける。
しかし彼らは、銃口を下げることはない。
そんなことを気にせず、シューベルトは言葉を続けた。
「しかし、軍の人間たちは何も考えていない。現場ではなく、上が変わる必要があるというのに……誰も話を聞く耳を持たなかった。そりゃあ、話し合っているふりなんて簡単ですからね。どこに誰を何人配置するか、迅速に決めるべきでした」
軍隊員の一人が口を開ける。
「シューベルト! お前の周りは完全に包囲した。いくら風の魔術を使おうとも、ここにいる全員を倒すことはできない! 諦めるんだ! 」
彼はいささか不思議そうに言った。
「何も、僕はあなた方を恨んでいるわけではありません。何もしてくれなかった軍の上層部に嫌気が差しているんです」
周りを包囲している隊員たちは、重々しい雰囲気で彼とその周りを見つめている。
そこには、一人の男の死体があった。
彼の名は、ブラジュン・マイセル。
ストーリック国王軍の総司令官だ。
その男は頭から出血をし、少しも動かないでシューベルトの足元に横たわっている。
「ホント、困りましたよ。全員殺すのは、やっぱり大変ですね。今日は色々なところに行ったから、流石に疲れました」
そこに、一人の男がゆっくりと歩いて登場する。
「……我の名はカセルダーンだ。お前は、一体何を望んでいるのだ? 」
シューベルトは彼に手を向けた。
それは魔術を使うときのポーズだ。
「その老人、殺してもいいですか? 恐らく、僕の殺すリストから抜けていました」
周りに止められながらも、カセルダーンは彼の元へ一歩詰める。
「……残念ながら、我は軍の上層部ではない。数十年前にその座からは退任したのじゃが、緊急事態ということでな」
その老人は、冷静に彼を見つめた。
「今ここで死ぬか、それとも軍の司令官となるか、自分で選びなさい。すべての責任は、我がとる」
周りはどよめきに包まれたが、彼はひとりで『最善の策』を考え続ける。
周囲がもう一度静けさに包まれた頃、彼は笑顔でこう言った。
「……分かりました。あなたの言う通り、そうさせてもらいます。こうなったら自分で、この国を導きますね! 」
しかし、隊員達はすぐに銃口を下げることができなかった。
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