第9話 冷たい瞳が体を貫く。

 センドリアと名乗ったこの女は、先程まで殺してきた男たちとは、随分と身分が違うようだった。

茶色がかった軍服は奴らとほぼ同じようだが、女が腕を通しているジャケットに付けられたいくつものバッチが、シューベルトの考えを肯定する。

「……正直に言おう、今この場でアンタと戦うのは嫌だね。ここらへん一体がすべて焼け野原になっても困るんだよ」

「あら、でもそんな悠長なこと言ってられないってことぐらい、あなただって分かってるんじゃないの? 」

彼女はそう言いながら、火の玉を飛ばした。

もちろんシューベルトはその玉を風で消したが、薄っすらと額に汗を浮かべていた。

「……アンタ、さっきまで戦ってきた奴らよりも強いね」

センドリアは、太ももにつけられたレッグホルスターからいくつかの小さな袋を取り出す。

「有名人に褒めてもらえて嬉しいわね、まぁアタシは確かに上級魔術士の中でもランクは上だから……。自分自身を一言で言うなら、国王直属の魔術師ってところかしら? 」

彼は冷ややかな目でセンドリアを見つめる。

「……自分の情報をここまで晒すとは、そりゃあ随分と余裕があるようでうらやましいね。ただ、アンタ達の状況なんて知ったこっちゃないんだよ」

そう言い終わると同時に、彼は小さな竜巻を数え切れないほど出現させた。

彼女は狂っているように動くそれらを注視しながら、先程取り出した袋を逆さまにする。

シューベルトはこのトラップに気づいたが、もうすでに煙幕がのぼっている。

数秒後、爆発音が響いた。


 センドリアは、広い森の葉の影に隠れていた。

彼女は、誰にも聞こえないような声で呟く。

「……マスティック国の科学技術は、やはり抜きん出ているみたいね。魔術だけに頼らない戦法、っていうスタンスでやってるから、あの人にも効果があったら上に報告しやすいんだけど……」

先程彼女が放った粉は、魔術が化学の力により無理やり合成されていて、大気中の魔術の使用痕跡に反応して科学的な爆発を起こすものだ。

そして、爆発と同時に『空』の魔術を応用した力である体調不良を強制的に発動させる、というシステムになっている。

これらはすべて、本来は不可能と考えられてきた合成作業だったが、地道な研究の末についにたどり着いた。

今のところ、この作業を行えるのは我が母国のみ。

『嵐を従える少年』が流石にこれだけで死ぬことはないだろうが、まああわよくば魔術がほぼ使えない状態になっていてほしいというところだ。

そんなことを胸中で考えていた次の瞬間、竜巻がセンドリアの隠れていた木をなぎ倒した。

なぎ倒された木を瞬時に避け、まだ爆発時の煙で周りの景色がよく見えないままにも関わらず、地面に手を触れた。

「……こうなったら、この土地を溶かすしか……! 」

彼女は、地に手をあてて地面の液状化を促す。

しかし、気づいたら目の前にいたシューベルトは、彼女をさげすむかのような目で一瞥したあと、魔術で女の体ごと飛ばした。

空中を飛んでいる間にも関わらず、彼女は魔術を使用しようと彼の方に手をかざした。

センドリアは、火で作られた矢を移動させてすべての方向を包囲するように願いながら叫んだ。

「……これで、死ねっ……! 」

シューベルトは、地盤の液状化から抜け出すために魔術を使おうとしていた。

彼女は体を地面に叩きつけられたが、この先の展開を想像し笑みを浮かべていた。

今、シューベルトは自分の数センチ前にある炎の矢に気づいた。

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