少年探偵ガジェットと変わった隣人

加藤ゆたか

少年探偵ガジェットと変わった隣人

 俺は少年探偵・青山一都かずと

 人は俺を少年探偵ガジェットと呼ぶ。

 俺は秘密の探偵道具『ガジェット』を使って、いくつもの難事件を解決に導いてきた。

 今では世界中に俺の名前は知れ渡り、事件解決の依頼が絶えない。



「ガジェットくん。今日も依頼はありません。」


 助手少女のラヴが、嬉しそうに言う。


「はぁ……。嬉しそうに言うな、ラヴ。」

「はい。すみません、ガジェットくん。」


 ったく。

 しかし、ラヴの声は明るいままだ。

 少年探偵の俺がすぐに事件を解決してしまうから事件の方が追いつかないのかもしれないが、こうも依頼のない日が続くと暇だな。

 ラヴは事務所に置いてあるオセロを取り出してコマを並べ始めた。また俺とゲームで遊ぼうというのだろう。まあ、ラヴと遊ぶのは好きだからいいけど。


「今日はガジェットくんが先攻でもいいですか? 私いつも勝てないので。」

「オセロは後攻が有利、か。別に構わないぞ。」

「ふふ。今日の私はいつもと違いますよ。必勝法を調べてきたので。」

「必勝法?」

「そうです!」

「俺がラヴに負けるわけないだろ。」

「じゃあ、賭けますか? 私が勝ったらガジェットくんは私の言うことをなんでもひとつ叶えてください。」

「叶える?」

「そうです。たとえば今度の日曜日に一緒に遊びに行くとか。」

「そんなのいつも行ってるじゃないか。」

「いえいえ。実は行きたいところがありまして——」

 

 コンコン。


 その時、探偵事務所にしている小学校の教室のドアをノックする音が聞こえた。


「いいかな、青山くん?」


 ドアの向こうからは女子の声。話し途中だったラヴがピクリと反応する。


「ああ。入ってきてくれ。」


 来たぞ。久々の依頼だ。事件の匂いだ。俺の鼓動が高鳴る。

 少年探偵の出番だ。


          *


「……ストーカー被害? 隣の家の人?」

「うん。いつも外から私のことをずっと見ていて、家の中も覗いているみたい。それに今日は私、腕を掴まれて家に引きずり込まれそうになったの。」

「ええ!?」


 俺とラヴはお互いに顔を見合わせた。なぜか不機嫌そうにオセロを片付けていたラヴも、あまりの深刻さに顔が青ざめる。

 相談者は隣のクラスの山内さんだった。よほど怖い体験だったのか山内さんの声は震えている。


「私、これからピアノのレッスンがあるから家に帰らないといけなくて。だから、青山くん、私の家まで一緒に来てほしいの。」

「なるほど。」


 もしかしたら下校も待ち伏せされているかもしれないということか。


「ちょっと待ってください。ストーカーって親とか先生とか警察とか大人に相談した方がよくないですか? なんでガジェットくんなんですか?」


 ラヴが山内さんに聞いた。正直俺もそう思う。俺の秘密の探偵道具の中には犯人を滅殺する武器もあるが、いざという時に使えるとは限らない。それに俺、小学生だし。


「それは……だって……青山くんなら頼りになるから。」


 俺を見る山内さんの長い睫毛が上下する。山内さんは隣のクラスでは男子に人気があると聞いた。実をいうと、先月も山内さんからの依頼を解決したばかりだ。無くした消しゴムを探してほしいなんて依頼だったけど。


「もしかして山内さん、何か企んでないですよね?」

「おい、ラヴ。」

「企むって? 何が言いたいの? 赤川さん?」


 ラヴの本名は赤川愛子あいこ。俺の幼なじみだ。


「別に。でもこの間、ガジェットくんに依頼しましたよね。私を通さず。」

「どうして赤川さんを通さないといけないのかな?」

「だってそれは……。」

「助手っていうけど、赤川さん、本当は青山くんのことを——」

「わ、私だっていろいろ聞いてるんですよ! 山内さんの噂を……!」

「噂?」

「ちょっと待て、二人とも。」

 

 なぜか、ラヴと山内さんとの間に険悪な空気が流れ始めたので俺は慌てて言った。

 

「いや、山内さん。急いでるんだろ? さっそく下校の支度をしよう。」

「うん。ありがとう、青山くん。ランドセル持ってきてるから。」


 山内さんがひょいっとピンク色のランドセルを背負った。

 俺とラヴも急ぎ、荷物をランドセルに片付けて帰り支度をする。

 山内さんが冷ややかな目でラヴを見て言う。


「あれ? 赤川さんもついてくるの?」

「わ、私はガジェットくんの助手少女なので、当然です!」

「ふーん。」

「いいですよね? ガジェットくん!?」

「あ、ああ……。」


 危険だとは思ったが、ラヴとは少年探偵と助手少女として一蓮托生だと約束したからな。それにラヴからいつにもない気迫のようなものを感じて俺は首を縦に振るしかなかった。

 まあ、いざとなったら俺がラヴのことも全力で守る。

 俺たちは山内さんの家に向かった。


          *


「山内さんのお家にピアノがあるんですか?」

「そう。小さいころから毎日弾いてるの。赤川さんはピアノ弾ける?」

「弾けませんけど……。」


 俺たちは山内さんの家まで歩きながら話をする。

 隣の家の人がストーカーか。毎日ピアノの演奏を奏でる隣の家の少女……。気にならないわけはない。でもだからって、そんなことでストーカー? それに山内さんの話では……。


「もうすぐだよ。この道だから。」


 山内さんが角を曲がってそう言った、その時。


「おかえりなさい。お友だち?」


 後ろから急に俺たちに一人の女性が声をかけてきた。振り向くとそこにいたのは白いワンピースで深めに帽子を被った、歳はちょうど俺たちの親くらいの女性。顔は黒髪に隠れてよく見えないが、口元には優しそうな笑顔を浮かべている。


「あ、こんにちわ! 私、山内さんと同じ学校の赤川です。こちらはガジェットくん。」


 だから、ラヴがつい挨拶を返したのは当然かもしれない。俺も第一印象でその女性を山内さんのお母さんだと思ったのだ。

 ところが、山内さんは無言で女性を無視して、俺とラヴの腕を掴むと引っ張って早足で歩き出した。


「え?」


 俺たちが女性から充分離れると、山内さんが言う。


「あれ。あれが隣に住んでる……ストーカーなの……。」

「えぇ!?」

「大丈夫? こっち来てない?」


 山内さんの手は震えていて、嘘をついているとは思えなかった。俺はそっと女性の方を見た。女性はさきほど俺たちに声をかけた場所から動いていなかったが、視線はずっと俺たちの方に向いているようだった。


「大丈夫だ。」

「……よかった。前に追いかけられたこともあったから……。」

「マジですか?」

 

 ラヴが震える山内さんの体を支える。

 山内さんが落ち着くのを待って、俺たちは警戒をしつつ山内さんの家に入った。


          *

 

「お姉ちゃん、おかえりなさい!」


 山内さんの家に入ると、小さな女の子が俺たちを向かえてくれた。


「妹さん?」

「うん……。妹のミサキ。」

「お姉ちゃん、早くピアノ弾いて!」


 ミサキちゃんは山内さんの足に抱きついて離れなかった。その様子でミサキちゃんは山内さんのことが大好きなのだとわかって微笑ましくなった。さきほどの緊迫した空気が一気に和む。


「ミサキちゃんは山内さんのピアノが好きなんだな。」

「うん。大好き!」


 ミサキちゃんに手をとられ、山内さんがピアノのある部屋へと連れられていく。山内さんは俺の方を振り向いたが、俺は頷いて答えた。


「山内さん。家の中なら安全だ。安心してピアノを弾いていてくれ。その間に俺は探偵道具で捜査をするから。」

「え? 捜査?」

「ああ。俺に任せてくれ。俺が山内さんの不安を取り除く。」


 山内さんの依頼は家までの護衛だったが、少年探偵として当然このまま帰るわけにはいかない。何も解決してないじゃないか。山内さんと、妹のミサキちゃんの笑顔を守らなくてどうする? 今、少年探偵の俺が居合わせているのは偶然じゃない。秘密の探偵道具『ガジェット』を使えと運命が囁いている。

 俺はカバンの中身を探った。

 このカバンは俺だけしか使うことができない。

 俺がこのカバンを使う時、中から事件を解決するために必要な『ガジェット』を一つ取り出すことができるのだ。

 俺はカバンから『ガジェット』を取り出した。


「望遠鏡? ……いや、万華鏡ですか?」


 俺の手の中には小さな筒のような物があった。それは赤い色に花のような模様が描かれていて、確かにラヴの言うように万華鏡に見えた。

 俺はその筒の中を覗き込んだ。


「上下逆さになっているが筒の向こうが見える。」


 でも普通の万華鏡なら筒の中に見えるのは光で彩られた綺麗な模様ではないのか?

 

「それで隣の家の人を監視するってことですかね?」

「いや、俺の『ガジェット』なら、そんな単純なことではないはず……。ん?」

 

 俺が筒でラヴを見た時、俺は異変に気付いた。俺は筒から目を離してラヴを見る。そしてまた筒の中を覗いてもう一度ラヴを見た。間違いない。

 ラヴの姿が成長して見える。中学生? いや、筒を回すとまた姿が変わった。成長している。歳は正確にはわからないが大人の姿になっている。


「これは……、未来の姿が見える万華鏡なんだ。回すことで年代を調整できる。」

「えぇ? ちょ、ちょっと貸してください!」


 ラヴは俺から筒を奪うと、それで俺の姿を覗いた。


「おおお!? これがガジェットくん!? す、すごい!」


 む……。ラヴに自分の未来の姿を見られていると思うと恥ずかしくなってくる……。

 しかもいつまで見てるんだよ。筒を回しすぎだ。

 何故か興奮気味になっているラヴから筒を取り上げようと俺は手を伸ばした。


「へえ……。ガジェットくん、意外と……。」

「もういいだろ、ラヴ。返せ。」

「いえ、もうちょっと……。」

「返せって。」

「ああ、これ、やばいですね!」


 ラヴは体を捻ってまでして俺の手から逃れようとする。

 ったく、ラヴは暴走しすぎることがあるな。また俺がたしなめないと……。


「え!? 嘘っ!?」


 ラヴが急に声をあげた。

 気付くと、ラヴの筒の先は隣の部屋でピアノを弾いている山内さんに向いていた。


「どうした、ラヴ!?」

「ガジェットくん、これ……。」


 ラヴが青い顔で俺に筒を手渡す。

 俺は嫌な予感がしながらも筒をのぞき込み、山内さんを見た。

 そこには何も映ってはいなかった。


「山内さんがいない……。」

「ど、どうしましょう、ガジェットくん!? これって、それって、そういうことですよね!?」

「まさか、そんな……。」


 山内さんの未来の姿が見えないということは、未来に山内さんがいないということなのか? 最悪の結末が頭をよぎる。


「ど、どうしよう、ガジェットくん!? 私、山内さんに結構ひどい態度を……。早く伝えた方が——」

「落ち着け、ラヴ。まだ決まったわけじゃない。」

 

 っていうか、こんな未来を見せられて、俺はどうしたらいいんだ? 『ガジェット』は事件解決や謎を解くための探偵道具のはず。いったいこんなものを俺に見せて、どうしろと言うんだ?



 俺は納得がいかず筒を通していろんなところを見た。山内さんが死ぬ未来なんてありえない。きっと何か、他に何かにヒントがあるはずなんだ。俺は穴が空くのではないかと思うほど、あちこちを見て回った。

 そしてそれを見た時、ひとつの可能性に思い当たった。


「まさか、これは……。いや、そんなこと……。でも、そうとしか考えられない。」

「ガジェットくん?」


 俺は筒を降ろしてラヴに言った。


「隣の家に行ってみよう。あの人に会うんだ。」


          *


「本当に、大丈夫なの?」


 山内さんが不安そうに俺に聞く。


「大丈夫だ。」


 俺たちは隣の家の玄関に立っていた。

 ラヴが呼び鈴を押す。

 だが、家主はなかなか姿を現さない。

 どうやら俺たちの方から尋ねてくるのは完全に想定外のようだな。


「開けてくれ。俺たちはもうわかっている。」


 俺のその言葉を聞いてくれたのか、ついに家主はドアを開けた。

 先ほど俺たちに声をかけてきた女性。白いワンピースと帽子、髪が長く顔の半分をその黒髪で隠している。

 しかし、山内さんが咄嗟に身構えると、女性はショックを受けたような顔を見せた。


「やはり、そうだ。あなたは山内さんによく似ている。あなたは……ミサキちゃんですね?」

「え!?」

「どういうことですか!? ガジェットくん!」


 驚くラヴと山内さんを前にして、隣家の女性は小さく頷いた。


「わけを聞かせていただけますか?」



 家主の女性は、俺たちを応接間に通すとゆっくりと話し始めた。


「私は、未来から来たの。今から三十年後の未来から。」


 女性は話しながらも、ずっと山内さんの様子を気にしているようだ。


「未来から……あなたは本当にミサキなの? 私の妹の?」

「うん。そうよ、お姉ちゃん。」

 

 女性が答える。

 山内さんはまだ信じられないという顔をしていた。

 ラヴが『ガジェット』を山内さんの目の前に出して説明する。


「ガジェットくんが今回取り出した探偵道具はこれです。……これで誰かを覗くとその人の未来が見えました。これを使ってガジェットくんが気付いたということは……。」

「そう。この『ガジェット』で見た未来のミサキちゃんの姿は、こちらの女性の姿と同じだったんだ。」

「そんな……信じられない。」


 ラヴと俺は『ガジェット』を山内さんに覗かせて、機能が本物であることを説明したが、それで山内さんの姿を見ることができなかったことは伏せた。

 

「なるほど。この時代にもそういう道具があったのね。……信じて、お姉ちゃん。私は未来から来たの。そして、お姉ちゃんを助けたいの。」

「私を?」


 未来のミサキちゃんがそれを言った時、俺とラヴは緊張した。やはり山内さんによくないことが起きるのだ。それを未来のミサキちゃんは阻止するために未来からやってきた……。


「お姉ちゃんは今日、死んでしまう。」

「今日!?」


 ラヴが思わず叫ぶ。ラヴのあまりの大声に山内さんと未来のミサキちゃんは驚いた顔で俺たちを見た。


「じ、実は……この道具で山内さんを見た時に、……見えなかったんです。未来の山内さんの姿が。」


 ラヴが恐る恐る伝えた。


「そんな……それじゃ本当に私は死ぬの?」


 ショックを受けた山内さんの目から涙がこぼれる。俺はハンカチを取り出して山内さんに手渡した。


「な、泣かないで、お姉ちゃん! 絶対に私がお姉ちゃんを救うから。……本当のことを伝えられなくて、お姉ちゃんを怖がらせてしまってごめんなさい。そうだよね、お姉ちゃん、小学生だもんね。でも、信じてもらえないと思って。」


 未来のミサキちゃんが山内さんを抱きしめる。未来のミサキちゃんの目からも涙が流れた。大人の体になった妹がまだ小さな姉を抱く光景はなんとも不思議な感じだったが、二人の絆は本物なのだ。


「それで、ミサキさん。山内さんの身にどんなことが起こり、あなたはどうやってそれを回避するつもりだったのか。教えてください。」

 

 こんな精神状態の二人に聞くのは酷だが、これから起こることを知っていながらそれを阻止できないなんて少年探偵として許されない。山内さんは俺が絶対に助けなければならない。


「……火事なの。」


 未来のミサキちゃんが長い髪で隠されていた首元を見せて言った。そこには酷い火傷の痕が刻まれていた。


「そんな……。」

「だからお姉ちゃんを助けるためには、今日、お姉ちゃんが家にいなければいいと思って……。」

「それで家に連れ込もうとしたんですか?」

「待って。お父さんとお母さんはどうなるの? 死ぬのは私だけなの?」


 未来のミサキちゃんが悲痛な表情で答える。


「うん……。」

「だったら! 私、ここにいるよ、ずっと! ミサキも連れてくるよ! そうすれば、その火傷も!」


 確かに火事の原因がわからなくても起こることさえわかっていれば避けることはできるはずだ。


「待って、お姉ちゃんっ!」

「ミサキ……?」

「行かないで。ここにいて。」


 なんだ? この違和感は?

 なぜ、未来のミサキちゃんは山内さんを止めた?


「まさか!?」


 俺は慌てて外に飛び出した。隣の山内さんの家から白い煙が上り始めていた。


「燃えてる!? なんで!?」

「ミ、ミサキ!」

「行っちゃダメ、お姉ちゃん!!」


 くそっ、そういうことか!


「ラヴ、カバンを!」

「はい、ガジェットくん!」


 俺はラヴからカバンを受け取ると万華鏡を入れ、またすぐに『ガジェット』を取り出した。犯人滅殺銃? 水鉄砲? いや、これは消化銃だ!


「ミサキさん、大丈夫だ! あなたはちゃんと過去を変えた。なぜなら今ここには俺がいる。俺の『ガジェット』なら未来を変えることができる!」


 俺は山内さんの家に飛び込むとキッチンまで迷わず走った。

 いた! ミサキちゃん! 火を怖がって動けないでいる!

 まだ大きな火事にはなっていないが燃え広がるのも時間の問題だ!


 ブシャー!


 俺は火元に向かって消化銃を発射した。


「う、うわああん。」


 火が消えて緊張が解けたのか、ミサキちゃんが堰を切ったかのように泣き出した。


「ミサキ!」


 遅れて走ってきた山内さんがミサキちゃんを抱きしめる。


「そ、そんな……。」


 その後ろには、未来のミサキちゃんがガックリと崩れ落ちていた。



「ミサキさん。あなたは、自分が火事の原因だと知っていた。自分のせいで姉が死んだとずっと後悔していたんですね……。」


 遠くから消防車のサイレンの音が聞こえてくる。誰かが通報したのだろう。


「だからって、どうしてミサキを……過去の自分を見殺しにしようとするの!?」

「だって……私、この火事を防いでも、いつかまたお姉ちゃんを死なせてしまうんじゃないかと不安で……私が信じられなくて……。」

「バカ! ミサキのバカ! 私がそれで生き残っても嬉しいわけない!」

「お、お姉ちゃん……。うわああん。」


 まるで子供のように未来のミサキちゃんは泣き出していた。山内さんは泣き続ける二人のミサキちゃんをぎゅっと抱きしめた。


「私は、ミサキのことが大好きだから、ミサキには幸せになってほしいの……。あ……ほらっ! 顔の火傷が消えてるよ!」

「……うぅ、私また間違えるところだった……!」

「ありがとう。……ごめんね、ミサキ。もう大丈夫だから。」


          *


 消防と警察の事情聴取が終わって、俺とラヴはやっと家路についた。

 警察は不思議なことにこの時代の人間ではないはずの未来のミサキちゃんに疑問を持っていないようだった。あれも未来の技術なのだろうか。彼女はもう未来に帰ると言う。


「ミサキちゃん。お姉ちゃんにおやつを作ってあげたかったんですね……。」

「ああ……。」

「山内さんの未来はあれで変わったんですよね……?」

「『ガジェット』は事件が解決したと判断している。」


 あの後、俺は消化銃をカバンに入れて再び万華鏡を出そうとしたが、万華鏡を取り出すことはできなかった。もう事件は無い。だから『ガジェット』は出ないということだ。

 俺は未来のミサキちゃんから消えた火傷の痕を思い出す。


「ところでガジェットくん。山内さんのこと、どうするんですか?」

「どうって?」

「本当に気付いてないの?」


 俺は山内さんの顔を思い浮かべた。長い睫毛に赤く染まった頬。そして、涙に濡れる瞳……。

 先月、俺は山内さんから依頼を受けた。無くした消しゴムを探してくれという依頼で、ラヴを通さず直接俺に依頼してきた。消しゴムを探すために、俺は山内さんと二人であちこち探し回ったのだ。……あの時、二人きりの教室で山内さんは俺に言った。俺は山内さんの気持ちに応えなかった。だから、もう先月に終わったことだ。もちろんラヴには何も言ってない。


「別に依頼があればまた力になるさ。俺は少年探偵だからな。」

「……ふふ。ガジェットくんは相変わらずですねぇ!」

「はあ? なんだよそれ?」

「なんでもありませーん!」


 ラヴが俺の体を押した。


「おい、危ないだろ。」


 俺はバランスを崩して倒れないようにラヴの体を受け止める。

 ったく、俺はまだこのままでいたいんだよ、ラヴ。


「ラヴ。今度の日曜だけどさ——」



 だから明日も少年探偵、出動だ!


 ――おわり。

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少年探偵ガジェットと変わった隣人 加藤ゆたか @yutaka_kato

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