第18話 過激な出会いで拾った子たち
咲が部下になり約二年、私は咲とペアで魂を回収する仕事は順調だった。咲は少し喧嘩っぱやいものの、私の指示なんかは素直に聞いてくれる。東京で情報収集して知った咲のイメージとは少し違い、ほっとした。
咲は挑戦的な視線を投げがちだが、過激な一面とは裏腹に可愛い顔をしている。一見すると、喧嘩とは縁が遠そうであるし、お姉さま系の人にモテそうだ。そういうところが咲の兄にも気に入られていたのではないかと思う。
どうやら咲は半分血のつながった兄に執着されていたようで、咲自身は兄の嫌がらせだと言っていたが、こちらが調べる限り、兄の弟可愛さで可愛がるゆえの行動と思わなくもなかった。まあ、かなり過激な可愛がりだったのは事実なので、嫌がらせといえば、そうともとれるものではあったが。咲は兄のことは嫌いだったようだ。
どちらにしても、咲は母が亡くなってからは孤独感が強かったらしい。とにかく喧嘩の毎日で、自分が何を求めているのかも分からず、イライラする日々。そんな中、異世界に飛ばされた。
私の部下になってから、私や使用人たちと接するようになって、少しは丸くなったと思う。ただ、咲は咲だ。売られた喧嘩は買うというか、やられたらやり返すのは基本姿勢のようで、今から約二年ほど前、ジーク、ヴィーとディーの双子と初めて会ったときも、やられたからやり返した結果の出会いとなった。
あれは魂の捜索で街歩きをしていた時、歩きすぎて少し休憩しようと、私は広場の噴水の縁に座っていた。咲が飲み物と軽食を買ってきてくれるというので、待っていたのだが、帰って来る気配がない。仕方なく咲を探しに行った。その探しに行った先で、咲はジークを殴っていたところだった。
「ちょっと! 咲、止めなさい!」
私を振り返った咲は笑うが、その笑顔がすごく怖かった。咲の顔にジークの血が飛び散っていた。
「何やってるの!? 君、大丈夫?」
「紗彩、自業自得だ。放っておけばいい」
「そんなわけにいかないでしょ!」
ハンカチを取り出し、ジークの血をぬぐう。少し無理やりに口を開かせた。良かった、歯が折れたわけではなさそうだ。口から出ている血は、咲に殴られた拍子に、きっと自身の歯で口の中を切ったのだろう。
「どうしてこんなことになっているの?」
「さっき買ったホットサンドを盗られた」
なぜ、よりによって咲のホットサンドを盗んじゃったかな、この子。咲が可愛い顔をしているからだろうか。盗んでも笑って済ませてくれそうって? なんという、おバカさん。
この国にはスリが多い。子供のスリも大人のスリも。組織ぐるみや家族ぐるみでスリをする集団もいる。スリの子はスリと言われるくらいである。悲しい現実だが、無くならないのだ。お金だけでなく、食べ物や金になりそうな物を盗んだりと、さまざまだ。
「咲から盗んではだめよ? 五倍返し喰らうからね?」
「……」
早く言ってくれ、という視線を投げたジークだが、もう後の祭りである。
「あ、違うわ。咲からだけでなく、盗みはダメよ」
「……もう二日も食べてないんだ」
「ん?」
「弟と妹がいるんだ! 早く食べさせないと、死んでしまう!」
その時のジークは、薄汚れた恰好をしていた。何日も風呂には入っていないだろうし、確かに痩せている。
「……弟妹はどこにいるの?」
信じてくれるのか、とでも言うように、驚いた顔をしたジークは口を開いた。
「……家にいる」
「じゃあ、そこに案内してくれる?」
「おい、紗彩、まさか行くとか言わないよな?」
「ここまで聞いてしまったら仕方ないでしょう。一度様子を見るだけよ」
「嘘だったら? 誰か襲ってくるかもしれないんだぞ」
「そうなったら、咲が助けてくれるのよね? それにこの前、東京からご希望の物、持ち込んであげたでしょう? 使いたそうに、うずうずしてたじゃない」
「おまっ……! ――分かったよ!」
咲がどうしても欲しいとずっと言っていたものを、先日東京から持ち帰ってきたのである。咲はすごく喜んでいた。何かというと、警棒である。あんなもの、なんで欲しがるのか分からない。帝国はいまだ剣が支流なので、できれば剣を扱えるようになってほしいのだが、咲はあまりそういうものには興味を示さないのだ。
ジークが案内してくれた先は、家と呼べる代物ではなかった。レンガの建物の横にそっと備え付けられている薄い木で作られた掘っ立て小屋のようなもの。屋根や壁は穴だらけ、かろうじて雨をしのげるだけのものだった。その中にヴィーとディーの双子は横たわっていた。ガリガリで骨と皮だけしかなさそうな、いまだ生きているのが不思議なほど弱っていた。これは今すぐどうにかしないとマズイと思った。
「君、名前は?」
「……ジーク」
「ではジーク、この子達とりあえず、うちに連れて行くわね。女の子のほうは私が抱えるわ」
「え!?」
「咲も一人抱えてくれる?」
「まじかよ」
「急いで! 走りましょう」
舌打ちする咲を無視し、私たちは家に急いだ。そして家の裏口から入り、使用人室の空き部屋へジークとヴィーとディーの三人を入れた。すでに双子は固形物が食べられる状態ではなく、液状のものを与えながら様子を見た。
そして一ヶ月が経った。
双子は持ち直し、固形物も食べられるようになった。
そんなときだった。ジークが一大決心をしたような表情で私に言った。
「僕を雇ってくれませんか」
「え?」
「何でもしますので、働かせてください!」
必死な顔でお辞儀をして、ジークは顔を上げない。この時ジークは十歳、弟妹の双子は五歳だった。
両親は一年ほど前に亡くなったらしく、それからはずっとジークが弟妹を育ててきた。新聞売りで生計を立てていたようだが、弟妹が病気になって休んでいるうちに、その仕事は他の人に奪われてしまったらしい。それからまともな仕事にはありつけず、その日暮らしのように食べ物を盗んで生活していたという。
そんな話を、三人をここに連れてきた頃に聞き、その時からこの子達をどうしようか悩んでいた。ここまで関わった以上、ある程度自分で生活できるようになるまで面倒みようと思っていた。こちらが世話だけするのではなく、将来自分で働いて、自分の面倒は自分で見れるようにしてあげる必要がある。
ただ働いたり技術を磨くといっても、何を選ぶかも悩みどころだった。うちの使用人にするには幼すぎる三人だ。下働きの見習いならいいかもしれないが、今から働くだけの環境になってしまうと、勉学をする時間もなく将来性の幅が狭まってしまう。
そして色々と考えた結果、ジークには働きながら勉強もしてもらうことにした。
「いいわ。ジークを雇いましょう」
「ほ、本当ですか!?」
お辞儀状態から勢いよく体を垂直に戻したジークは、期待の表情をしていた。
「私の仕事のお手伝いをしてもらうわ。どんな仕事かは、咲に教えてもらってね」
「さ、咲さんに……ですか?」
ジークはあの殴られた記憶が蘇ったのか、少し恐怖の顔をしている。
「あら嫌かしら。何でもすると言わなかった?」
「や、やります! 何でもやります!」
「その調子。あなたの頑張りに期待しているわ。そうそう、衣食住は任せて。うちの使用人部屋に、ヴィーとディーも一緒に泊まれるよう手配するわ」
「……ほ、本当ですか?」
「本当よ。あの子達、せっかく起き上がれるようになったのだもの。この後また同じような目に合うのを見るのは嫌だわ。それに兄妹は一緒にいないとね」
「――ありがとうございます」
目に一杯涙を溜めて、ジークは礼を言った。そんなジークの頭を私は撫でた。
「働くだけじゃなくて、当分は勉強も一緒に頑張ってもらうわ。勉強は咲ではちょっと教えられないから、ライナかラルフから教わることになると思うけれど」
「――なんだって? 誰が何を教えられないって?」
「あら、咲。いたの」
ドアを開けて、咲が納得いかなげな表情で立っていた。それを見たジークは、さらにビシっと立ち、視線を咲に合わせようとしない。
「だって、咲の学校の成績は、下の下だったと調べて知っているわよ?」
「そ、それは中学の話だろ!? 小学校はもう少しマシ……」
「いいのよ。人には得意不得意があるもの。咲は仕事を教えてくれれば、十分よ」
「お前、話聞けよ」
「本当に教えたいの? 勉強よ? それに帝国は日本と勉強内容違うわよ? 途中で投げ出さないって約束できる?」
「……」
黙りこんだ咲は無視し、ジークを見た。
「決まりね。仕事は咲に教わる。勉強はライナかラルフに教わる。ジーク、仕事も勉強も両方頑張りなさい。頑張ったら頑張っただけ、将来いろんなことを選択する幅が広がるわ」
「……はい!」
そして、現在。
ジークは仕事も勉強も頑張っている。元来真面目な性格で、何でも真剣に取り組む子なので、ライナたちにも可愛がられている。咲には仕事をスパルタに指導されているようだが、咲とは最初こそ色々あったものの、今では良い師弟関係のようだと思わなくもない。思わなくもない、というのは、咲は元来適当な子で、ジークは咲に色々押し付けられている感があるからだが、まあ、それでも二人は上手くやっているようである。
ガリガリだったヴィーとディーの双子は、今では普通の年相応の体形に戻っている。兄ジークの働く姿を見て、自分たちも働きたいと言われた時は困ったが、意欲があるなら任せるのもアリかと考え直した。双子にはラーメン店の店番と、ジークと組んでの魂探しの手伝いをしてもらっている。
ジークとヴィーとディーは、うちの使用人の家族枠にしているので、色々と東京の美味しいものを食べさせて餌付けしているような状態だが、とにかく可愛いのだ。
ヴィーとディーの双子は、帝国語の基本文字は全てマスターし、最近は日本語も教えている最中だ。一生懸命ひらがなをノートに書き込んでいる。
何しても可愛いな、と癒されるが、はっとした。いかん、自分の宿題が終わっていない。
慌てて思考を勉強に戻すのだった。
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