第16話 教室にも危険はある
次の日の水曜日。
学園で最初の授業を終え、授業と授業の間の休み時間となった。私は大抵どこかに移動するわけでもなく、机で仕事用のノートを取り出し色々と考えてはノートに書き出したりしていた。次の化粧品の企画を考えていたのである。
教室の机は、ぎゅうぎゅうに詰めるなら四人は並んで座れる机を二人で使う仕様である。隣の席の男子生徒は比較的大人しい子で、私もほとんど声を出さないので、私は静かで居心地の良い席だと思っている。誰がどこに座るのかは決められているため、毎日どこに座ろうなんて迷うこともないので楽だ。
この休み時間も私の作業を順調に進めていたが、急に大きな音がして、生徒の目が一斉に教室の一番後ろに向いた。
「俺に攻撃するとは、いい度胸だな?」
私は後ろを見たいところだが、まったく顔を動かさなかった。声だけで誰が大きい音を立てたのか分かるからだ。私は机の上に置いていたポーチからこっそり手鏡を出し、鏡越しに後ろを確認した。
我がクラスの問題児ルーウェン・ウォン・リンケルトが、一人の男子クラスメイトの頭を机に抑えつけていた。どうやら大きな音はルーウェンがクラスメイトの頭を机に押し付けた音だったらしい。
「申し訳ありません! 攻撃なんてそんなつもりでは……! 間違って手が当たってしまったんです!」
どうやら友人と少しふざけながら机の間を歩いていたらしく、友人が伸ばした腕を避けようとしたら、その拍子で自分の手がルーウェンに当たってしまったようである。
当たった相手がルーウェンとは、災難としか言いようがないが、ふざけていた自分のせいである。友人とふざけてじゃれ合うにしても、場所を考えなければ。
机に押さえつけられて痛いのだろう、顔が苦しそうにしている。
「へぇ? そんな嘘が俺に通じるとでも?」
「嘘ではありません!」
うん、嘘や誤魔化しではないだろう。ルーウェンは敵に回すと厄介すぎる相手なのだ、この状況で嘘が付けるほど肝が座っていなさそうに見える。そして押さえつけられている生徒とふざけていたのであろう男子生徒は、真っ青な顔でプルプル震えていた。
「ルーウェン様、そのあたりで勘弁して差し上げては?」
ルーウェンの部下であるアルベルト・ウォン・シラーが、必死さをまったく感じない顔で言った。
「なんだ? じゃあお前が代わるか?」
「いえ、結構です。続きをどうぞ」
ルーウェンのストッパー役なら、もっとしっかり止めないんかい。アルベルトは、あっさりルーウェンを止めるのを諦めた。
教室中の顔は、ルーウェンから視線が離れない。誰も教室を出て行こうとはしない。でもこの場合、これが正解なのである。
前にルーウェンが生徒と一悶着起こす似たような事件があり、ルーウェンに関わるまいとしたか、先生を呼びに行ったのかは分からないが、一悶着とは関係のない生徒が教室から逃げたら、ルーウェンは容赦なくその生徒を捕まえに行っていた。まったく関係ないのに、とばっちりである。
そのため、この場から逃げることもできない、目をそらすという目立つ動きをしてルーウェンに目を付けられたくない全員が、この場から動けない。
先生が来てくれるまで、このままである。
私は手鏡をそっとポーチへ収納した。そして今度は耳栓を取り出して、耳に装着した。これで不快感のある声は聞こえない。
部屋から出ることも許されず回避できないなら、少しでも現実の外へ逃げるしかないのだ。
耳栓をし、目を閉じて、私は現実逃避の世界へ落ちて行った。
その後、騒ぎは五分くらいで終了した。先生が次の授業のためにやってきたからだ。痛い目にあった生徒は医務室へ、ルーウェンはそのまま授業を受けていた。今回の件は痛い目にあった生徒にも非はあるからと、ルーウェンは問題にもならないようだ。まあ、ルーウェンの家であるリンケルト公爵家は、帝国で帝室の次に身分の高い家であるし、権力もある。たとえルーウェンが全面的に悪くても、いつも家が揉み消すので、問題にならないことが多いが。
午前の授業が終わり、昼食を終え、午後の授業を一つ受けた後の休み時間。
(もう限界かも……)
眠気が最高潮だった。やはり一日二人の魂の回収でも、二日連日だとキツイな、と思いながら席を立つ。もうその辺で寝てしまいたい、と床を見ながら思うが、顔を振る。そんなことしたら、ユリウスに怒られてしまう。
医務室で寝ようと向かっていると、渡り廊下の遠くからユリウスが友人と歩いているのに気づいた。これはいいところで会えた。
「ユリウスー」
両手を広げ、ユリウスに抱き付く。
「わ、またなの、眠り嬢」
ユリウスの友人カシスが呆れた声を出した。『眠り嬢』とはカシスが勝手に付けた私のあだ名である。私がよく眠そうにしていて、ユリウスに抱き付くために付けたようだ。
「医務室まで、もたなそうなの……」
「僕までもったのでいいですよ。言いつけを守って偉いですね」
ユリウスは持っていた書物などをカシスに預け、私を抱えた。
「何、言いつけって?」
「限界に達すると、その辺で寝てしまうんですよ。危ないからせめて僕のところまで来るよう、前に注意したんです」
「ええ? 危なっかしいな。姉じゃなかったっけ? 妹だっけ?」
「姉ですよ。可愛いでしょう」
「……まあ、何を可愛いと思うかは人それぞれ……って、もう寝てない?」
「寝てますね」
私はすでに意識を手放していた。
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