第15話 死神業4

 次の日の火曜日。

 朝から起きて、ユリウスと共に学園へ行く。昨日魂を回収した影響で少し眠いものの、この日はなんとか眠らずに授業を受けることができた。まだ婚約破棄の噂による好奇の目はあるが、この日は昼は食堂で食べた。噂の視線も二日目になると、少し耐性が出てきたのか、居心地は悪いが昨日よりは心の持ちようもマシのように思えた。


 そして学園が終わるとユリウスと帰宅。

 この日は夕方、死神業に関する店のラーメン店にお客が来る予定なのだ。だから、昨日と同じ死神業用の変装をし、ラーメン店に向かう。


 ラーメン店とは、私たちの隠語である。帝国にはラーメンがない。誰もその存在を知らない。ラーメン店の前にはラーメンの看板があるが、一般の帝国人なら、それが何なのか知らないのだ。


 ラーメンといっても、ただのラーメンではない。カップ麺である。日本では九割の人が認知しているのでは、と思われる超有名カップ麺のことである。

 その有名カップ麺を看板にして、帝国のいたるところに広告を載せている。街の外観は崩したくないので違和感ないよう工夫はしている。その看板に近づくと、小さく字が書いてあることに気づく。『カップ麺のことを知りたければ三番街へ』と日本語をローマ字で書いてある。なぜ日本語で書かないのかというと、異国の言葉過ぎて目立ちすぎるからである。ひらがなや漢字って、ちょっと帝国では馴染みがなさすぎるからだ。ローマ字、というより英語表記のほうが、まだ普段の文字に近く風景に溶け込むのだ。


 『三番街』とは、ラーメン店がある通りのことである。


 なぜこのようにカップ麺を看板にしたかというと、日本人の認知度が高いカップ麺の看板を見た『日本人の死者の魂が入っている体』が、カップ麺の看板に興味を示して、ラーメン店に自らやってくることを期待しているからである。


 私たちが足で魂を見つけに行くのは、どうしても限界がある。魂はどうやって見つけるのかというと、匂いだ。木を焚いたようなお香の香りというか、いい匂いなんだけれど異質というか。この匂いは死神業の私しか匂いの判別ができない。少し離れていてもかすかに香り、近い程香りは強くなるが、私にとっては香りが強くても、他の人に同じ匂いはしない。

 つまり、探すのも、魂を回収するのも、私しかできないのだ。


 少しでも魂を探す負担を減らそうと、自分からこちらへやってきてくれる方法を考えた結果が、ラーメン店だったのである。要は魂ホイホイ。


 これがなかなか上手くいっている。計画した当初は上手くいっても月に五人も来てくれたら御の字だと思っていたが、思っていたよりも、このカップ麺看板効果で店に来てくれるのだ。

 体の記憶にカップ麺の存在はない。すなわち帝国にはカップ麺はない、それなのに帝国にカップ麺の看板がある。日本人の記憶から、懐かしいとお店に来てくれたり、カップ麺を食べたいと来てくれたりする。またこの体は私の物ではない、誰かこの原因を教えてほしいと、藁にも縋る気持ちで来る人もいる。


 ラーメン店の看板に書かれてある通り、『三番街』にやってきた人は、ラーメン店を探す。三番街は大きな通りであるが、ラーメン店は大きな店と大きな店の間にある小さな道を進んだ先の行き止まりにある。だからよっぽどカップ麺に興味がある人しか気づかない仕組みになっている。そしてその小さな道を進んだ先、ラーメン店の前には立て看板がある。そこには『開店時間 十時~十五時』と書いてある。つまり、それ以外の時間に来ても開いていないので、時間外に来た人は次の開いている時間に来るしかない。


 開店時間に間に合った人は、店の中に入る。すると中には子供が二人、カウンターに座っている。ヴィーとディーの双子である。そして双子は客に紙とペンを渡す。その紙には、日本語で『日本語で記入をしてください。あなたの日本名を記入してください。(漢字名とふりがな)』と書いてある。また帝国語で『御用を記入してください。できるだけ詳しくお願い致します』と書いてある。


 考えうるこの店の客は、主に三パターンだ。

 その一、ただの冷やかし、もしくは単純にただ興味をひかれただけ、という帝国人

 その二、魂が日本人で、私が魂を回収するべき人

 その三、魂が日本人で、私が魂を回収できない人


 今のところ、その一の客が二割、その二の客が八割というところだ。

 え、その三って何って思うよね。まあ、私もこのパターンはそうそう無いと思っているし、こんな客、できれば来ないでほしいパターンなのだが……


 どこの世界にもイレギュラーな存在はいる。魂を回収できない人、つまりそれは、一つの体に一つの魂しか入っていないということだ。

 実はだ、死人以外にも、この異世界に日本から来る方法があるのだ。魂だけでなく、自分の体を伴ってやってくる。日本には異世界、つまりこの帝国に繋がっている扉があるのである。東京にもいくつかある。その扉は普通では人が通らない場所にあったりするので、ほぼこの世界にそういった人が来ることがない。でも数十年かに一人程やってくる。

 約八年ほど前に異世界の扉を通ってやってきた日本人がいた。だからしばらくはもう来ないだろう、と思っていたのに、その数年後に東京からこの世界にやってきた男がいる。私のすぐ近くにいる男、咲である。たった数年間に二人もやってきたのだ、また来る可能性は否定できない。


 だからこそ、可能性は低いけれど、『その三』があることを頭の隅にでも入れておくのは忘れないのだ。


 少し話はそれてしまったが、双子が日本語と帝国語で違う意味の書かれた紙を渡すのは、その一、その二、その三を振り分けるためである。

 帝国語で記入された場合は、帰ることをお願いし、日本語で書かれた場合は、私が双子に渡している死亡者リストから名前の照合をしてもらう。

 ちなみに、双子には現在日本語を教えているところなのだが、さすが幼いからかというべきか吸収が早く、難しい日本語でなければゆっくりではあるが会話もできる。ただ漢字が難しいので、名前のふりがなを書いてもらうことで、照合しやすくしているのだ。


 昨日双子が名前を照合済みとした客が一人現れた。今日の客は二人いるが、来店時間を違う時間でお願いしているため、予約が重なることはない。


 予約時間に現れた客を、ラーメン店の奥の別室に案内する。

 あとのやり取りは、昨日とほぼ同じ。転生ではないよ、魂の回収をするよ、と告げ、ラーメン店だと思ったのに騙された! とか言われたものの、最終的には納得いただいたので、ご褒美ということでその場でカップ麺を渡すと喜んでいた。それからカップ麺を食し、その方は私に魂を回収されるのだった。


 二人目の客。こちらはラーメンが目当てではなく、また転生などと勘違いもしておらず、他人の体を勝手に乗っ取ってると罪悪感が強かったらしい。どうやら体の持ち主が結婚間近でどうにかしないと、という思いでやってきた方だった。私の魂の回収の説明に、安堵の表情で回収に協力してくださった。


 その日も、大きな問題はなく、無事に二つの魂を回収できたのである。

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