第14話 死神業3

「あー、疲れたぁ」


 今日の死神業の仕事が終わり、さきほど帰ってきて自室に戻ってきたところである。ソファーに深々と座り、ぐだっとする。


「お疲れ様でした。すぐに夕食お出しできますが、どうなさいますか?」

「……そうね、着替えて食べる」


 のろのろとソファーから起き上がり、化粧台の前に座った。マリアがウィッグを外したり化粧を落としたりしてくれる。

 着替えが終わると、食堂に向かった。席に座り、運ばれてくる食事を堪能する。魂の回収をした後は、食欲が増す、なんてことはないので、食事量は普通だ。


「おかえりなさい。今日は何人ですか?」

「ユリウス、ただいま。今日は二人だよ」


 食堂に入ってきたユリウスも席に着くと、食事を開始する。


「ごめん、まだ食べてなかったのね。先に食べてた」

「お気になさらず。僕も仕事をしていたので」


 ユリウスの仕事は、我がウィザー家の副業にあたる料理店と化粧品店のまとめ役である。私の代わりにいろいろと手伝ってくれている、いい弟だ。


「明日は予約があるらしいですね」

「うん。ラーメン店に二人お客さん来たって。今日回収したの二人でよかった。三人だと明日私使いものにならなかったから」


 魂の回収をすると、強烈な眠気に襲われる。それでも一日に回収が一人なら、まあ眠いな、くらいで済む。しかし二人となると、かなり眠い。実は今もかなり眠い。それでも夜寝れば、明日は学園には行ける。授業中寝てしまうかもしれないが、まだそのレベルで済む。ところが三人になると、当日夜から次の日はほぼ一日中寝てしまうのだ。まったく使い物にならない。

 だから、たとえ死者を街中で見かけたとしても、一日の回収は最大で三名までと決めている。眠気を考えれば、できれば二人で抑えたいところだ。


 東京との行き来でお腹が減って大食いになることと、魂の回収後に発生する眠気、どちらも死神業に関係する力を使ったときの副作用なのだが、どうにも私の体力か別の何かが奪われているとしか思えない。食べれば満足するし、寝れば回復するから問題ないといえばそうなのだが、まさか私の寿命が短くなっていっているわけではないよね? とちょっとドキドキしてはいる。同じ職業の歴代のご先祖様たちは、特に早世だったわけではないから、大丈夫なはずと思うようにはしているのだが。


「今日の回収は特に問題はなく?」

「そうね。今日は楽な回収だったかも。一人目はあっさりしていたし、二人目も体の持ち主に申し訳ない、て言ってわりとすぐに回収させてくれたし」


 魂の回収時に回収相手に説明したとおり、私の仕事は魂を回収することだ。本来の道からそれてしまった魂を、もとの道に戻してあげる作業である。


 死者の魂が生きている他人の体に入ってしまうと、自力では抜け出すことができない。その抜け出す手伝いをすることができるのは、私だけなのだ。正確には、私と母と祖母だが。しかし母も祖母も今日本にいるため、実質私だけである。


 死者の魂が他人の体に入ると、なぜかその体の記憶を共有できる。それは一方的なもので、体の持ち主の記憶は共有できるが、死者の記憶は共有できない。そして主導権は死者の魂に移行し、本来の体の持ち主は深い眠りに落ちる。だから死者はその体が自分のものだと思ってしまうようだ。


 体の記憶を共有するからか、全員ではないが、今までその体で生活してきて、ある日突然前世の記憶が蘇ったと勘違いする人が多い。だからそのまま体の記憶を頼りに、今まで通りの生活をしようとする。


 だから時々逆上する人もいる。私の話は信じられず、せっかく転生したのに騙して魂を回収だなんて、とか、魂を回収されたくなくて逃げる人とか。まあ、そういう人の気持ちは分からなくもない。いきなり見知らぬ人に魂回収します、なんて言われたら、中二病か? とか、胡散臭い、とか思ってしまいそうだから。


 また死ぬ前の日本に未練がある人もいる。事故や事件に巻き込まれて急に亡くなった人なんかが、そうなることが特に多い。そういう場合のために、一応対策はしていて、生き返ることはできないけれど、大事な人に手紙は渡せますよ、と言うようにしている。嘘ではない。あくまで手紙だけだが、ここで手紙を書いてもらい、それを私が東京へ持って行って、私の会社のシステム担当の松山に手紙をだしてもらうのだ。手紙は追加料金をはらえば指定した日に届けてもえるオプションがある。なので、それを使った、という態で手紙を出すのだ。実際は、いろいろ細工して裏技で出すのだが、手紙を貰った側はそんなことは気づかない。死者が生前に日付指定して手紙を送ったものが今届いたと思うだけだろう。


 正直、そこまでしてあげる必要はないと思う。人は死んだら終わり。もう何もどうすることもできない。それが正しい死の平等だと思う。

 でも、聞けるお願いは少ないが、聞ける範囲でできることなら、やってあげたいとも思う。手紙はそれができるギリギリの範囲なのだ。


 我がウィザー家の魂の回収は、できるだけ合意の上で行いたい、というのがある。だから魂の回収の説明をするのだ。やろうと思えばいきなり魂を回収することもできるが、それは最終手段。私が説得しても、どうしても逃げてしまうパターンの時だけ、強制的に回収することはある。


 逃げれば魂を回収されずに済む、と思っているようなのだが、それは違う。この魂の回収には期限がある。死んでから約四十五日くらいだ。約などと曖昧だが、ざっくりそのあたりだと思うしかない事情がある。とにかく、期限がくれば、強制的に間借りしている体から魂は弾き出される。そうなると、もう二度とその間借りしている体には入れないし、他の人の体にも入れない。そして魂は消滅する。


 そう『消滅』するのだ。もう二度と転生なんてしない。本来であれば、私が回収したなら魂は死者が通る道に戻り、最終的には転生するが、それが二度とできないのだ。


 あまりにも魂の回収に抵抗する人には、魂の消滅の説明をするのだが、頑なに信じない人もいる。そういう場合は、最終手段で強制的に回収するのである。


 そして魂を見つけたなら、できるだけ早めに回収したい理由もある。なぜなら、本来の体の持ち主の生活があるからである。


 私は死者に説明するとき、体を間借りさせてもらっている、と説明するが、実際は体を死者に乗っ取られているのと同義だ。その乗っ取られている間、体の持ち主は眠っているので意識はない。なのに体は生活し続ける。見知らぬ死者が動かしているので、死者の魂が体から抜けるまで、記憶がない。つまり記憶のない空白の時間があるということだ。

 自分がそうだったらと想像すると恐ろしいと思う。気がづいたら、最後の記憶から一ヶ月も記憶がない、空白の期間がある。なのに、知人や恋人とあったことを後から聞かされたりするわけである。自分はそんな記憶はないのに、と恐ろしいよね? だから、できるだけ、その期間を短くするためにも、魂を見つけたらできるだけ早く回収するのだ。


 まあ、私の体調や体力も気にしないといけないので、一日最大三人、これは鉄則だが。


「ごめん、もう眠いから部屋に戻るね」

「分かりました。お疲れ様でした」


 食事を済ませ、欠伸をしながら席を立つ。風呂に入って寝る準備すると、私はベッドに体を沈めるのだった。

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