第3話 各勢力の暗躍

 運命のいたずらが無ければ、カテリーナは辺境でジャガイモを愛しつつ、父や兄のもとで平和な一生を終えたかもしれない。

 しかし、ナーガの命の灯が尽きたことで、時代は大きく動き出そうとしていた。

 次の聖女の候補を探す。

 そのレースが人知れず始まったのだった。


 カテリーナが暮らす辺境から遠く離れた賑やかな部屋で一団の紳士が会合を開いている。

 七つの王国が位置する大陸のほぼ中央に位置する自由都市アヴァランカの一角にある屋敷だった。

 アヴァランカは交易で潤っており、どこの国も干渉することができないほどの富を蓄えている。金で何でも調達できる町とされていた。


「どうやら聖女が死んだようだ」

「それは間違いのない話なのか?」

「うむ。深く秘しているようだが、真新しい墓に密かに埋葬したようだ」

 男たちは顔を見合わせた。


 この場にいる男達は人類に対する裏切者たちである。

 闇の勢力に心を寄せ、協力する見返りに闇の力と金銀財宝を受け取っていた。

 その金で組織を拡大し今ではそれなりの勢力となっている。

 そして、新たな計画を発動しようとしていた。

 聖女の傀儡化である。


 闇の力を受け入れた彼らにとって、聖女が振るう力は脅威であった。

 もし力を行使されたら熱々のジャガイモに添えられたバターより早く溶けてしまうだろう。その反面、全員で束になってかかっても傷一つ負わせることができるかどうか怪しいものだった。


 しかし、まだ力に目覚める前の少女であれば話は別である。

 その段階で捕獲してありとあらゆる辱めを加えて弱らせるつもりであった。

 そして生かさず殺さずで天寿を全うさせる。

 聖女が存在すれども力を行使することがない期間が長くなればなるほど、闇の勢力は伸張し堅固なものとなるだろう。


 そして、さらにその次世代の探索においても、前聖女の毛髪を有しているのは彼らだけとなるはずであった。

 こうして百年ほどの期間を作り出して闇の勢力が確固たる地位を築き上げてしまう。

 恐ろしい計画だった。


 次世代の聖女を探し出す技術を人類が編み出しさえしなければ成り立たない。

 人類側にとってはある意味で自業自得なのだが、そんな計画が今実行に移されようとしていた。


 男たちは自分たちの計画の成就を願って前祝いをする。

 後ろに控えている虚ろな表情の美女を招き寄せると首筋に歯を立てた。

 犬歯が伸びて頸動脈を探り当てる。

 男達はそれぞれ恍惚の表情を浮かべる美女から甘美な血をすすって満足そうな笑みを浮かべた。

「我らの昏き未来に乾杯……」


 聖女の死を察知した七つの王国と二つの自治都市も同時に探索の手を伸ばし始めている。

 探索者たちはナーガの髪の毛を結わえ付けた銀の棒をポケットに隠し持ち、町や村を訪ね歩いた。


 百歩という距離は微妙な距離である。

 混雑した町中であれば何百人もの人がその範囲に入るし、広大な敷地の屋敷の中までを探るには短かった。

 いくら歩き回ってもなかなか次の聖女は見つからない。


 しかも、この探索用の機器は誤作動することも多かった。

 ごく弱く毛髪が震えることがあり、期待に胸を膨らませて探索の手を広げても、それ以降は反応がない。

 どうも聖女が力を振るった残滓が何かの弾みで吹き溜まりのように集まることがあり、それに探索器が反応するらしかった。


 自国内では聖女候補の保護のため、他国内では逆に害するためという違いはあったが、名誉や富貴に釣られた探索者たちは彷徨い続ける。

 一月もすると聖女ナーガが亡くなったというのは虚報ではないかとの疑念が湧いた。


 疑心暗鬼になりながらの捜索は辛い。

 実は完全な無駄足なのではないかという疑いの気持ちは探索者たちを蝕んだ。

 それでも山を越え、谷を渡り、読み書きのできる純真な若い娘を探し求めていくつもの集団が大陸中を捜し歩く。


 そのうちの一つのグループが偶然ジャガイモ娘の存在を思い出した。

 歴代の聖女は概ね細身であったという事実と、イェッター家の所領は僻地にあることから後回しにされていたが、ついに重い腰を上げる。

 そのグループがイエッター家の屋敷を目指し始めて移動を始めた。


 その途上で闇の勢力の手先に探索器を持っているところを目撃される。

 思えば不幸な事故だった。

 新月の夜、人気のない森の中で探索者の野営地を闇の従者たちが襲撃する。

 夜は闇の友であった。


 月の明かりもない深夜は闇の従者に人の三倍の力を与える。

 系統の異なる探索者同士が遭遇すれば戦いになることもあり、十分にそのグループも警戒をしていた。

 しかし、人間の体を数メートル投げ飛ばせる化物相手の戦いはあまりに分が悪い。

 闇の勢力の従者を二名も倒す善戦も空しく、その探索グループは壊滅する。

 その中の一人は死の直前に苦しみのあまりカテリーナのもとへ向かおうとしていたことを白状していた。


 闇の従者が去った後の凄惨な現場に、三人組が通りかかる。

 その一人はこの国の王子ベルナルドであった。

 二人の護衛をつれて自ら聖女候補の探索をしている旅の途中である。

 生存者を尋問して、ついには聖女探索者であることと、直近の標的がカテリーナ・フォン・イェッターであったことを白状させ、隠し持っていた探索器も取り上げた。

 少し遠回りして駿馬と戦力増強のための騎士二名を確保する。

 間に合うことを祈りつつ、ベルナルドは馬を走らせるのだった。

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