第4話 ジャガイモ戦士
カテリーナは大きなベッドに横になっている。髪が跳ねないようにと先にポンポンの付いているお気に入りの絹のナイトキャップを被っていた。
幸せそうな笑みを浮かべてすやすやと寝ている。
カテリーナは素敵な夢を見ていた。
カテリーナは飲食店に居る。
小ぎれいな素敵な内装のお店だった。
何より素晴らしいのはなんと全てのメニューに無料でジャガイモ料理がついてくるところである。まさに夢のようなところだった。
ジャガイモ、ジャガイモ、ジャガイモ。
焼き、茹で、揚げのお好みの料理方法で提供します。
うふ、うふふ。
天国かしらという幸福感はバキンという鎧戸をぶち破る無粋な音で破られた。
はっと目を覚ます。
なあんだ、夢だったのか。残念。
「お嬢様! 剣を!」
階下のジョシュア爺さんの血を吐くような声に、カテリーナは枕元の剣を手にとって、ベッドから降り立つ。
薄暗がりの中で目を凝らす。
鎧戸の破れ目から入ってくる姿を見て、カテリーナは瞬時に悟った。
あ、これは私の敵う相手じゃない。
それでも気丈な声を出す。
「無礼者。ここをどこと心得ているのです。すぐに立ち去りなさい」
闇の従者たちは表情を変えないまま、しゃがれた声を出した。
「立ち去らねばどうなるというのだ?」
自分たちの優勢さを信じて疑わない声がカテリーナの癇に障る。
はあ? なによ、その態度。私だって、毎日ジャガイモ食べて頑張ってきたんだから。だから勝てなくても負けない!
レイピアをびゅっと引き抜いた。
「それで……」
せせら笑う声をあげた闇の従者の一体が吹っ飛び、入ってきた鎧戸の穴を広げて戸外に消える。
カテリーナは目をしばたたかせた。
あれ? 私の抜剣の衝撃で吹っ飛んだんじゃないよね?
驚くカテリーナに低い声が聞こえる。
「すんばらしい。これでこそ我が主に相応しいではないか。んんー?」
なんだかわけの分からないものが新たに部屋の中に出現していた。
マッチョな戦士なのだが頭に当たる部分が大きなジャガイモである。
どこから現れたんだろう?
カテリーナと同じ思いなのか、残った闇の従者二体がジャガイモ相手に身構えた。
「お前達が今まで食べたジャガイモの数はいくつだ?」
さらにわけの分からないものがもう一体増え、闇の従者二体を指さす。
「お前も、お前もゼロだ。つまり、ジャガイモ力のない雑魚中の雑魚だ」
「それにひきかえ我らが姫は、五万を超える。すんばらしい」
最初に現れた変なものが応じた。
「ということで、お別れの時間だ。では兄弟?」
「おう、兄者」
謎の戦士たちが目に見えぬ速さで腕を振り抜くと、闇の従者二体が先ほどと同じように屋外に飛んで消える。
はへ?
カテリーナは目を擦った。
まだ夢の中なのかしら?
手を打ち合わせるとジャガイモ戦士たちはそろって片膝をついて、カテリーナに向かって敬意を示す。
「我らが姫、お心を騒がさせ奉りまことに申し訳ございません」
ど、どういうこと?
とりあえず助けてもらったのは間違いないのでお礼を言おうとする。
「……いえ。こちらこそ、礼を言わなくてはなりません」
ジャガイモ戦士たちは両手をあげてカテリーナが感謝の言葉を告げるのを押しとどめた。そこへバンバンと扉を叩く音が響く。
「お嬢様。扉を開けてくだされ。拙者が命に代えてもお守りいたす」
ジョシュア爺さんの声だった。
扉を振り返り、目を戻したカテリーナにジャガイモ戦士は指を一本立てて顔に相当する位置にある大きなジャガイモに当てる。
「我らのことは当分、ご内密に」
「実は我らはジャガイモの精で、常に姫の側に控えております。今日は危急の時でしたので推参しました。これからは、御用のあるときは、心の中で『ジャガイモと共にあらんことを』とお唱え下さい。必ずや日頃のご恩に報じましょう。では、これにて御免」
登場したときと同様に忽然と姿を消した。
カテリーナは自称ジャガイモの精が居た空間に目をやる。影も形も無かった。
カテリーナは混乱していたが、とりあえず自分の危機を救ってくれたのが、ジャガイモの精であることに深い感動を覚える。
やはり、ジャガイモは素晴らしい。
戸口を叩き続ける音がするので懐から鍵を取り出して開錠した。
鍵が開いてようやく部屋に入ることができたジョシュア爺さんは、カテリーナの無事な姿を見て安堵する。
どうして侵入者を退けることができたのかのカテリーナの説明は要領を得なかった。それは仕方ない。
ジャガイモ戦士が出てきて助けてくれたの、と言ったところで誰も信じないだろう。
うやむやのうちに正義の神の加護と結論づけられる。
家人が敷地内に残る侵入者の遺体を発見して再び騒ぎになった。
闇の従者三体は強敵であり、なぜ倒しえたのか、いつまでも首をひねっている者もいた。
しかし、何はともあれカテリーナに傷一つないことが重要である。
また、一直線にカテリーナの寝室を強襲したようで、幸いなことに闇の従者によって館の者の中に死傷者は出ていない。
鎧戸の補修や、敷地内で果てた闇の従者の遺体をどうするか、皆で頭を悩ませているので、カテリーナはいつもの日課をすることにする。
分からないことをいつまでも考えていても仕方がない。
そんなことよりもジャガイモのお世話の方が大切だった。
しばらくすると、ベルナルド一行が門前に到着する。
「カテリーナ嬢に至急交談したき儀あり。取り次ぎ願おう」
見たこともない騎士をそう簡単に通すわけにはいかない。
しかも門番も今朝の件で気が立っている。
「まずは身分を明かされよ」
一触即発の危機に、ベルナルドが頷き、シュトルムは身分を明かす品を見せ、門番は驚愕しつつ、門をわずかに開いた。
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