第5話 対面

「おほん」

 カテリーナがジャガイモに関する師匠であるポージ婆さんの話を菜園で聞いていると、家宰のわざとらしい咳ばらいの音が少し離れた場所でする。

 家宰はカテリーナに対して一番口うるさい人間だった。


『そろそろ、嫁入りのことも考えませんと』

『ジャガイモのお世話も結構ですが、こちらの肖像画をご覧ください。なかなかの美男子だと思いませんか?』

『古ぼけた野良着を身につけ、地味な麦わらの帽子を被るなど、まるでみすぼらしい田舎娘のような格好はおやめください』


 今朝だって、こんなことを言っている。

『菜園ですか? さすがにこのようなことがあった本日は控えられては……』

 それなので、カテリーナは咳ばらいを完全に無視してみた。

 まあ、一回ぐらいなら聞こえなくてもおかしくないわよね。


「カテリーナ・フォン・イェッター嬢?」

 家宰はカテリーナの名をフルネームで呼ぶことはない。それにこれは若い声だし、語尾が上がっているということは問いかけだ。

 カテリーナは急ぎ立ち上がると振り返った。


 家宰に加えて見慣れない五人の騎士の姿が見え、思わず不審の目を向けてしまう。しかし、すぐにけぶるような笑みを浮かべた。

「多用のため、このような装いでのお迎えご容赦を。カテリーナですが、ご芳名をお伺いできますかしら?」


 だぶだぶの野良着の腰のあたりをつまみ、軽く腰を落とす。

 衣装は完全にお客様向きではないけれど、所作は堂に入っていた。日頃から剣の稽古をして足腰を鍛えているお陰かもしれない。

 その姿を見たら、礼儀作法の家庭教師もにっこりすること間違いない優雅な所作である。


 カテリーナの笑顔に少し押され気味になりつつも一行のうちの一人が返事をする。

「私は王太子殿下に仕えるシュトルムと申します。お心を騒がせるつもりは無いのですが、実はカトリーナ嬢に危害を加えようという確たる話がございます。我らはカトリーナ嬢をお守りすべく都から参りました。一刻も早く安全な場所にお移り頂きたいのです」


 すごい。これだけの長ったらしい言い回しを息継ぎもせずにできるなんて。

 カテリーナは変なところに感心してしまったが、話の内容に注意を戻した。

 これって今日の早朝のあれのことよね? 

「ああ。闇の従者という者たちのことですね。今朝ほど不躾にも現れましたわ」


「そ、それで?」

 話をしているシュトルムとその後ろの四人もカテリーナに向かって身を乗り出した。すごい食いつきぶりである。

「幸いにして怪我一つしておりません。ただ、その辺りの詳しいことであれば、留守居のジョシュアにお聞きいただいた方が早いと存じます」


 ちょうどタイミングよく、門番の注進が入ったのかジョシュア爺さんが不自由な足を精一杯動かしてやってきた。

 あれ? ジョシュア爺さんの確認を経ずに門番はこの五人を通したの?

 いくら王太子殿下に仕える騎士であっても、そんなに簡単に通すなんて変だとカテリーナは考える。

 そして、あの家宰がやたらぺこぺこしている態度なのも気になった。


 カテリーナは改めて五人を観察する。

 体が大きい男の人は、父といい勝負ができそうだ。まだ幼さが残る純朴そうな顔をしているけど、腕も太いし肩幅も広い。

 少し離れて控えている二人も腕が立ちそうだけど、立場的には上では無さそうだ。他の三人に比べると革鎧やブーツなどが実用一点張りのものに見える。

 となると、眩いばかりの美貌を晒している若い男性が、一番立場が上なのかな。

 これは田舎ではなかなか遭遇できない美男子だわ。


 そんなどうでもいいことを考えていると、ジョシュア爺さんと一行との会話が進んでいる。

 問われて、闇の従者の遺体が敷地内で見つかったと説明をしていた。このまま埋めるのも良くない気がするが、どうするべきかと逆に問いかけをしている。


「一体どうやって襲撃を防いだのだ?」

「闇の従者を倒せる豪の者が館に三人も?」

 シュトルムと体の大きい騎士が口々に問いかける中、ご尊顔を直視するのが憚られるほどの美男子は片手をポケットの中に入れてカテリーナのことを凝視していた。

 まさか、私に興味があるわけじゃないわよねえ。


 カテリーナはこの場における館側の最高の地位のものとしての振る舞いを求められているのだと勝手に理解する。

 すみませんね。本当に気が利かなくて。だって、お客さんなんてほとんど来ない田舎なんですもの。

 心の中で詫びながら場を収める発言をする。


「はるばるお越しいただき立ち話も失礼でしたね。お話が長くなるようですから、お客様に昼食のご用意をいたしましょう。田舎のことゆえ、大したおもてなしはできませんがぜひ」

 家宰に準備を命じながら、カテリーナはぜひともお客様にジャガイモ料理もお出ししようと固く心に決めていた。


 家宰がお客様を案内していくのを見送り、カテリーナも急いでホステス役のために着替えようと自室に向かおうとする。さすがに野良着では食事には臨めない。

 ジョシュア爺さんが問いたそうな顔をしていた。

「お嬢様。あの方のことを御存じで?」

「あのカッコいい男性のこと? 私が知るわけないじゃない」


 ジョシュア爺さんはやれやれというように首を振った。

 なによう。そんな心外って顔をしなくてもいいじゃない。

「あのお方こそが、王太子殿下ベルナルド様です」

 えええ! 嘘でしょ?

 カテリーナは声なき叫び声をあげた。

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