第6話 昼食会

 こうなったら、何をしても同じことよ。

 半ば自棄を起こして、カテリーナは秘密の小部屋に入った。

 この小部屋からは客間の様子が手に取るように分かるのぞき穴がある。

 殿下は何をしているのかしら?


 しばし客間でお待ちを、と案内された部屋でベルナルドは何かを考えるのに忙しい。

 顔がいい男って憂い顔も素敵よね、などとカテリーナが考えていると、ベルナルドはシュトルムに話しかける。


「どういう奇跡が起きたのかは不明だが、闇の従者の襲撃は幸いにも退けたらしい」 

「そうですね。俄には信じられませんが、ドランクも確認してきたことですし」

 話を向けられた大きな体の騎士が頷いた。

「ああ。間違いないです。ありゃ、闇の従者だ。完全にボッコボコにされてましたがね」


 カテリーナの父であるレオポルトと見紛う体格の騎士ドランクは肩をすくめる。

「俺もあそこまで完膚なきまでに叩きのめす自信はないですね」

 それに頷くとベルナルドは、シュトルムの顔を視線でひと撫でする。

 シュトルムとこの件に関連して議論したいが、この場所で機微に触れる話はできないと考えていた。


 ベルナルドが会話を逡巡するようなそぶりであることにカテリーナはドキリとする。

 覗いていることがバレた?

 そうではなさそうなことに安堵する。

 他人の館では迂闊な会話はできないというのは貴族の常識だった。

 形の良い眉を寄せて沈思黙考するベルナルドをドランクは面白そうに眺めている。


 ドランクは自分は完全に肉体労働役と心得ていて、主が悩んでいる姿を見ても一緒に知恵を絞ろうという気はさらさら無い。

 怜悧な顔をしたシュトルムが頭脳労働、大柄なドランクが肉体労働、そういう役割分担なのだった。


 家宰がやって来て、あともう少しで昼食の準備ができることを告げる。

 まずい。

 カテリーナはのぞき穴を元に戻し、音を拾う管に蓋をすると、音を立てないようにして小部屋をでる。


 殿下を案内するルートと交差しない通路を通って、ドレスの裾をバタバタとさせながら食堂まで走って行った。

 部屋に入ると息を整える。

 殿下の一行が食堂に案内されてきたので、カテリーナが女主人役としてずっと前から居たかのように出迎えた。


「こちらのお席へどうぞ」

 五人はそれぞれの表情ながら、カテリーナの姿を見て僅かに表情を変える。

 最先端の流行を追ったとまではいえないが、それなりに新しいドレスに着替え、カテリーナの髪の毛も梳いて結い上げられていた。

 大ぶりの真珠のネックレスが首元に華を添えている。

 馬子にも衣装というところであった。


 ベルナルドがテーブルにつくと料理が運ばれてくる。

 まずは暑い中馬を駆けさせてきた騎士の体の熱を冷まそうという、ジャガイモの冷製ポタージュだった。

 ジャガイモを茹でてつぶして濾すという手間がかかった一品は、さらりと喉を滑り落ちていく。

 

 次に羊肉とジャガイモのパイが赤ワインと共に供された。

 ジャガイモはお肉との相性もいい。

 最後は仔牛のステーキに、細切りにしたジャガイモのフライを添えたものがテーブルの上に並ぶ。

 いずれも主役か準主役的位置にジャガイモを据えたジャガイモのコースであった。


 話を聞くに馬を走らせることを優先して強行軍でやってきたベルナルド一行にも十分満足のいく内容である。

 特に普段から食べる量が多いドランクも不足を訴える必要がないほど、ボリュームもあった。


 ベルナルドは、食事中の話題ではないと断りつつも、どうして一行がカテリーナのところにやって来たのかの話をする。

 大事なものを探しての旅の途中に道に迷ったというところから話を始めた。


「殿下は暗くなってきているのに次の集落まで進もうとか言われるわけです。で、シュトルムが道を間違えたんですよ。普段はそんなことはないのにね。きっと腹が減っていたからでしょうね」

 ドランクが言うとシュトルムの頬がさっと赤くなる。


「歩きながら、ずっと食事の話をしていたあなたには言われたくないですね。次の食事は夕食なのか、夜食なのか、場合によっちゃ、朝食になるんじゃないかとうるさかったですよ。これだけ体に筋肉を蓄えているのだから、少しぐらい食事を抜いたって平気でしょうに」


「そりゃ、俺は人の二倍は食うかもしれないけど、ぜーんぶ、この体の血肉になっているんだぜ。並の騎士三人分は仕事するんだから、計算上は帳尻が合うんじゃねえの?」

「それはそうですが……」


 わざと面白おかしく話をしていたが、ついに凄惨な場面の話になった。

「それで、歩いていたらひどい現場に行き会っちゃったんですよ。十人ぐらいはいましたかね。それが手ひどくやられていました。一人だけ生存者がいたんです。遺体をそのままにしては置けないので埋葬して、その先の集落まで連れていきました」


 シュトルムが話を引き取る。

「私が尋問を担当して話を聞きだしました。その集団がもともとあなたのところに向かおうをしていたところを闇の従者に殲滅されたとのことでした。そして、闇の従者もあなたのところに向かったと言うのです」


 殿下が話をまとめた。

「それで、一度道を変えてパースの町に向かい、そこで駿馬と騎士を手配した。なるべく早く駆けつけたつもりだったが間に合わず面目ない」

「いえいえ、お気持ちだけで十分です」


「とりあえずカトリーナ嬢が無事で良かった」

 ベルナルドがカテリーナに微笑みかける。

「ありがとうございます。でも、どうして、私を狙ったんでしょうね?」

 カテリーナがなにげなく放った質問には、答えをもらえなかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る