第7話 素敵な殿方

 殿下の事情を聞き終わったので、カテリーナは嬉々として料理の説明をする。

 ジャガイモも巧く調理すればこれほどに美味しく食べられるのだということを弁を重ねて主張した。

「あまり、都では召し上がらないようですけれど、ジャガイモ料理は奥深いのです」


 かく言うカテリーナの前の皿には主菜はわずかで、山のようなジャガイモが添えられている。

 ベルナルドが問いかけた。

「カテリーナ嬢はいつもジャガイモを召し上がっているのですか?」


「はい。基本的にジャガイモを中心に頂いています。お陰で小さい頃はやや病弱だったのですが、いまではすっかり健康になりました」

 ジャガイモのことを語るとき、カテリーナはついつい熱くなってしまった。

 嬉しいことにベルナルドはカテリーナの話に興味を引かれたような態度を示す。カテリーナの中で殿下の評価は大幅に上昇した。

 今までにジャガイモの話をまともに聴いてくれたのは、父と兄を除けばほとんどいない。


 昼食を終えると謝意を述べてからベルナルドは遠慮がちに提案してくる。

「父上にもご挨拶をしたい。もし、お邪魔でなければ午後の時間をカテリーナ嬢と共に過ごしたいが、許可していただけるだろうか? カテリーナ嬢にはいつも通りに振る舞っていただければいい」


 王太子殿下の依頼とあらば断わることはできなかった。

 ただ、王太子殿下でなくても、ジャガイモに理解を示す殿方の願いとあれば、カテリーナは無碍にするつもりもない。

「退屈されないといいのですけど……」


 さすがにジャガイモの世話の土いじりはできないので、観賞用に別に植えてあるジャガイモの花を摘んで花冠を作った。

 カテリーナが白い花弁に黄色い雄しべの花冠を作ると、ベルナルドは腰を屈めて頭上に受ける。

 好きなジャガイモのことを話すカテリーナの言葉は尽きない。


 夕刻前にカテリーナの父レオポルトが帰還すると、不在時の襲撃と、次いでベルナルドの存在に驚いた。

 落ち着きを取り戻したレオポルトを内密の話があると言って誘い、ベルナルドは二人で書斎に籠ってしまう。

 ただ、その前にベルナルド殿下は笑みを浮かべてカテリーナに話ができて楽しかったと言った。


 夕食時にもジャガイモをたっぷりとベルナルド一行にご馳走する。

 翌日、館を辞去したベルナルドは都ロンダーフに向かって馬を走らせた。その背中を見送りながらカテリーナは一抹の寂しさを覚える。

 せめて子爵の三男ぐらいなら私にも結婚のチャンスがあるのだろうけど、王太子殿下では可能性はないわよね。せっかくジャガイモの良さが分かるいい殿方だったのだけどな。


 その後、書斎に呼び出したカテリーナを前にレオポルトは、どう話を切り出したものかと困惑する。

 ドランクといい勝負ができそうな巨躯で眼光鋭く、あごのところに古傷などがある迫力満点な顔を歪めていた。

 何も事前情報なしで男爵の前に立ったなら、恐ろしさのあまりにちょっとちびってしまっても仕方ないほどのおっかなさである。


 しかし、このレオポルトはカテリーナにはすこぶる甘い。

 兄二人に続く末娘という立場の上に、七つの誕生日を迎えるのは難しいでしょうと言われるほど病弱だったこともあり、生きているそれだけでいいというのが口癖だった。


 普段から好きにさせてくれる父をカテリーナも愛している。

「ジャガイモの次にお父様が好き」

 そんなことを言うと、レオポルトはよく目尻を下げていた。

 同じようにカテリーナを可愛がってはいるものの、多少は世間の常識に染まっている二人の兄が、行き遅れになることを心配したときにもこんなことを言っている。

「その辺のへぼ貴族に嫁に出すくらいなら、このまま家に居れば良い」


 カテリーナの結婚には課題が多い。

 本人も貴族の妻となるには言動が相応しくないことは自覚している。

 同時に岳父がイエッター男爵ということは、若い貴族には更に気が重かった。

 仮に嫁姑問題などが起きて、カテリーナが塞ぎこもうものなら、戦槌をひっつかんでカチこんできそうな男を、お義父とうさんと呼ぶのは相当な覚悟が必要である。


 父の口から話が出ないので、カテリーナはベルナルドのことを話した。

「お父様。ベルナルド様はとっても素敵な方ですのよ。私の話を熱心に聴いてくださって、とても面白いとおっしゃって下さったんです」

 実はベルナルドはその場の座談が得意ではない。だから、聞き手に回ったのだがカテリーナは知らなかった。


 常に王国の行く末に頭を悩ませるのに忙しく、誰かを楽しませる話などをする余裕はベルナルドにはない。

 実は話下手という噂が流れていないのは、通常の令嬢であれば、ベルナルドのご尊顔を拝しているだけで時が飛ぶように過ぎていき退屈しないだけなのであった。


 カテリーナも年頃の若君と親しく話をする機会がほとんどない。

 巷間に伝わるような情熱的な恋愛というものに興味がないかといえば、そんなこともないのだが、そのきっかけとなるような出会い自体が少なかった。

 ほとんど辺境の館に引っ込んでいれば仕方ない。


 ただ、カテリーナは恋愛よりも、ジャガイモが大事だから今までは平気だった。

 ジャガイモばかり食べていると素敵な男性に嫁ぐことができませんよ、などという趣旨のことを言う者もいる。

 それに対するカテリーナの返事は簡潔だった。

「じゃあ、いらない」


 ジャガイモの価値が分からない男など、願い下げである。

 そんなカテリーナの目の前に現れたベルナルドに対しての印象は悪くなかった。

 結果的に間に合わなかったとはいえ、自らの危機に駆けつけてくれたということは単純に喜ばしい。

 そして、最大のポイントは、ジャガイモを馬鹿にしないことだった。


 カテリーナの勧めるジャガイモ料理を残さず食した上に、お替りもして、味の良さを褒めもする。

 やっと理解者が現れたと、その実、天にも昇るほど嬉しかった。

 父に向かってベルナルド殿下を称える話をしていたカテリーナだったが、父が表情を変えたことで口をつぐむ。


 父は困惑気味の顔をしながら問いかけてきた。

「もし仮にだが、殿下から求婚されたらお前はどうする?」

 カテリーナは恥ずかしくなる。父にも分かるほど浮かれていたかしら?

 無理を承知で一度お願いしてくれるのかもしれないと考えるが、常識的に実現しないことは分かり切っている。

 少し考えて、淡々と返事をしておいた。

「私とジャガイモを大切にしてくださるならお受けします」


 

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