第8話 ベルナルドの事情

 ベルナルド一行は都ロンダーフに向かって馬を走らせる。パースから引き連れていた二騎は既に手紙を持たせて返していた。

 もともと無駄口をきくタイプではないが、ベルナルドがずっと黙っていることに、シュトルムは、そっと胸の扉を叩く。


「ベル。まずはカテリーナ嬢が無事で良かったですね」

「ああ、だが運が良かっただけだ。次も幸運に恵まれるとは限らない。あの場所は辺鄙すぎて目立たずに兵を置くこともできん。彼女が聖女であると疑いを抱かせずに、ロンダーフに引き取る方法をずっと考えているのだが、なかなか妙手は無くてな」

「間違いなく聖女なのですか?」

「菜園でポケットに入れた探索器に触れるとはっきりと反応していた」


 そこにドランクが割って入る。

「しかし、なかなかに面白いお嬢ちゃんでしたな。頭の中はジャガイモばかりという感じで。少なくとも王宮周辺にいるタイプじゃない。ベルの身分を知っても、あんな感じでいられるというのも大物でしょうなあ。さすがイェッター男爵の血を引いているというところかもしれません」


「ドランク、ずいぶんとイエッター家に詳しいのですね」

「そりゃまあ、父親のレオポルトは知る人ぞ知る豪のものだからなあ。四十を超えているのに、あの元気さだろ? あのおっさんなら闇の従者もぶん殴って静かにさせちまうだろうな」

「すると、闇の従者を退けたのは、イエッター男爵なのか?」


「さてなあ。モンテス家が麦畑を荒らすのを阻止しに出かけていたという話は間違いないだろう。実際、厩舎に潜り込んで聞き込みをしたが、愛馬もだいぶ疲れている様子だったし」

「では、誰がどうやって、闇の従者を三体も?」

 いくら切れ者とはいえ、シュトルムも世の中にジャガイモの精という存在があり、とんでもなく強いということまでは知らなかった。


「まあ、神様か何かの加護じゃないか。あのお嬢ちゃんを見ていると心が洗われるというかそんな感じがする」

「なんですか、すっかり餌付けされてしまって」

「そう言うなって。確かにあのジャガイモ料理は美味い。量もたっぷりあった。だが、勘違いするなよ。シュトルム、お前さんは育ちがいいから分からんだろうが、兵の基本は食事だからな。どれだけ綺麗ごとを並べるよりも、きちんとうまい飯を食わせる。それだけでどれほど士気があがることか。そうじゃなくてもアーギ帝国より兵数が少ないんだ。士気ぐらい高くないといざ戦争になったときに耐えきれんぞ。俺が将軍なら、王国軍の糧食担当の顧問にあのお嬢ちゃんを据えるね」


 ベルナルドが力強く同意する。

「その手もあったな。なるほど。本人があれほど喜んで食べているのだから、兵士たちも残り物を食わされているという不満は抱かないだろうな。食事中の幸せそうな顔を見ているだけで料理の味も引き立つ気がした。しかし、そうなると接触する相手が比較にならないほど増えることになりそうだ。つまり、聖女ということが露見するリスクも増える。難しいところだ」


 シュトルムが話を受け別の提案をした。

「それでは、農業を担当する補佐官に任命するように手配してはいかがでしょう? 今後、聖女の力を行使して闇を払えたとしても、すぐに小麦の増産につながるわけではありません。全国的にジャガイモの生産を奨励するのは悪くないと存じまずが」


「お嬢ちゃんは王宮の机にかじりついて書類いじりばっかりするタマじゃないだろう?」

「なんです? それは私に対する挑戦ですか? 書類仕事も大事なんですよ。頭の中まで食べ物が詰まったあなたには分からないでしょうが」

 いつもの二人の口論が始まりそうになり、ベルナルドが制止する。


「確かにあの娘は実際に手を動かすのが好きそうだ」

 遠路助けに来てくれたことへの礼だと、ジャガイモの白い花で作ってくれた花冠を思い出した。今までに貰ったどんなに高価な贈り物よりも気持ちが籠っているような気がして、ベルナルドは心が弾んだことを覚えている。


「そうだな。やはり、この手しかあるまい」

 ベルナルドは納得したのかひとりごちた。

「何がこの手しかないというのです?」

 主の思い切りの良さを知るシュトルムが訝りながら質問する。

「知れたこと。カテリーナ嬢を保護する名目の話だ。彼女を我が正夫人に迎えようと思う」

 あっさりと言ってのけるベルナルドに、部下の二人は驚きのあまり手綱さばきを誤らないように気をつけねばならなかった。

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