第21話 暴徒

 カテリーナがジャガイモ畑の拡張に嬉々として取り組み始めた数日後、ベルナルドの屋敷の裏側にみすぼらしい格好の者たちが集結する。

 神聖アギ帝国の間者に使嗾された無政府主義者たちだった。

 お前たちの生活が苦しいのは、王家や貴族が稼ぎを奪っているからだ、と耳に吹き込まれ、王家を倒すべく立ち上がった貧民たちである。


 粗末な梯子を壁に数個かけると次々と乗り越えて敷地に侵入した。

 病気がちでもうすぐ退位する王よりも、若く健康なベルナルドを狙う方が効率がいいと唆され、手にナイフや鉈などを手にしている。

 暴徒が乗り越えた場所は、ちょうどカテリーナがジャガイモ畑にしているところに近かった。


 タイミングがいいのか、悪いのか、カテリーナ、ジョシュア爺さんとポージ婆さんが、新しい区画に種芋を植えているところに出くわす。

 暴徒たちは立場的にカテリーナの顔を近くで見たことなどない。

 だから、野良着を着て手を土で汚しているカテリーナと出会ったときに、自分たちが目指す相手だとはまったく気づかなかった。


 カテリーナはちょうど桶の水で手を洗い、おやつにジャガイモを食べようとしていたところである。

 今日のメニューはジャガイモを茹でてつぶし、パンくずをまぶして油で揚げたものだった。誰にも咎められなければ、昼過ぎも畑仕事をしようと企んでいたので、昼食用も含めて小山ができそうなほど数がある。

 この新作メニューをカテリーナはパリパリと命名していた。


 闖入者たちは、カテリーナに向かって怒鳴る。

「おい、そこのお前。王子と妃はどこにいる?」

 カテリーナは前に出ようとするジョシュアを制止した。

 そして、気丈にも逆に問いかける。


「そんなことを聞いてどうしようというの?」

「王家の奴らは俺たちの稼ぎを奪っている。そのことに文句を言いに来たんだ」

 返事は微妙に本音とずれたものだった。

 ぶっ殺しにきましたと正直に言って警戒されても困ると計算が働いたのか、そんな物騒なことを口にするのがはばかられたのかはわからない。


 王家から俺たちのものを取り戻せ、と気勢を上げようとしたところで、誰かの腹がぐぅと鳴る。

 カテリーナの目がキラリと光った。

 新しいジャガイモ料理の布教をするチャンスである。


「あら、お腹が減っているのね。何をするにしても空腹じゃ始まらないわ。はい、これ」

 腹を鳴らした男の鼻先にパリパリを突きつけた。

 食うのに困って自棄を起こして参加しているものも多い。

 目の前に突き出された食べ物の香りにつられて受け取ってしまう。


 カテリーナはバスケットから次々とパリパリを取り出すと侵入者たちに渡した。

 中には腹を空かせすぎた者がいて、思わず口にしてしまう。

「うめえ……」

 外側はさっくり、中身はほっくりとしていて、しっかりと下味もついている。

「本当かあ?」

「いらねえなら、俺にくれ!」

 最初に食べた男は自分の分の残りにかぶりつきながら、疑問を呈した男の方に空いた手を突き出す。手にしていたナイフは地面に落ちていた。


 残りの者たちも手にしたパリパリを食べ目を見開く。

「こいつは……うめえ」

「こんな美味いものがあったんだなあ」

 そんな発言を聞いてカテリーナの顔に笑みが浮かんだ。

 やったあ。大好評だ。

 パリパリを食べながら一人がつぶやく。


「これは何でできているのだろう?」

 すかさずカテリーナがアピールをした。

「ジャガイモよ」

「そんなはずはねえ。あんな田舎者しか食わねえもんが、こんなに美味いはずがねえ」

 カテリーナは植える途中の種芋を指さす。


「嘘じゃないわ。あそこにジャガイモがあるでしょ。ここで育てたジャガイモを収穫して料理したのがそれよ」

 勢いよく断言されてしまうと、疑問の声をあげたものも口をつぐむしかなかった。

 ジャガイモ畑の脇で俄に発生した試食会によって、その場に和やかな空気が生まれる。

 俺たちは何しに来たんだっけ?


 そこへ、首尾を見届けるために後からついてきていた神聖アギ帝国の間者が顔を出した。

 間者も野良着を着た娘が王太子妃とは気づかない。

 こんなところでもたもたしてと苛立ちを覚え叫んだ。

「お前たち何をやっているんだ。王家の連中を皆殺しにして、俺たちのものを取り戻すんじゃなかったのか? お前たちが食べているものだって、あいつらは今まで独占していたんだ。王家を倒せ。自由を我らに!」

 間者に扇動されて、侵入者たちは顔を見合わせる。


「そこの三人も王家の手先だ。血祭りにしろ。王家がなくなれば、こんなものいくらでも食えるぞ」

 近くにいた男の手にまだ半分ほど残っていたパリパリを奪うと、間者は地面に投げ捨てて叫んだ。

「みんな殺せ!」

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