第20話 ジャガイモ人気

 流行はファーストレディが作り出す。

 ベルナルドにとっては母にあたる現国王の妃は既に亡くなっており、ロードルト王国においては、今まではマリアが流行の中心にいた。

 カテリーナが王太子妃になったことで、いずれはその立ち位置を継承する可能性はあるが、現時点ではどうなるかは未知数である。


 マリアが食事ができずに困っていたことが解消されると、普段から注目度が高いだけにその内容が広まるのは早かった。

 ジャガイモなんて、という声も一部にはあったが、つわりが酷い者にとっては食事ができない辛さは死活問題である。

 王都ロンダーフでは、にわかにジャガイモのフライの人気が高まった。


 そんな中、マリアはカテリーナをお茶に招く。もちろん、お茶請けはジャガイモのフライであった。マリアは義妹に頭を下げる。

「リーナ。貴女の手柄を奪ってしまったようで申し訳ないわ」

 急速に仲を深めたマリアは、カテリーナを略してリーナと愛称で呼ぶまでになっている。

 空腹なのに食べられないという地獄から救い出してくれたことは感謝していたし、一方で天真爛漫なカテリーナは妹ポジションによく馴染んだ。


「いえ、お姉さま。私はお役に立てただけで嬉しいです。多くの方にジャガイモの魅力を知っていただけましたし、それだけで十分と思っています」

 返事を聞いたマリアは、なんと慎ましいのでしょう、と目を細める。

 大切な弟の妻がどんな娘か心配していただけに、当人の言動を実際に目にして、マリアはすっかりカテリーナびいきになっていた。

「そう。でも、貴女も評価されるべきだわ。だから、ジャガイモが欲しいという方には貴女のところへ行くように伝えているの」


 旧来、ジャガイモは田舎の生活困窮者が仕方なく食べるものとの認識がある。

 王都にも日々の食事に事欠く者は居たが、俺たちは都住まいだという変な誇りがあった。

 なので、ロンダーフ周辺では需要が無いのでジャガイモがほぼ生産されていない。

 すぐに手に入るのは、カテリーナが持ち込んで栽培しているものだけだった。

 夫婦の力関係により、泣きつかれたか、凄まれたかの違いはあるが、ジャガイモを手に入れるよう要請された妊婦の夫は、カテリーナ詣でをすることになる。

 カテリーナは気前よくジャガイモを分け与えた。


 今はまだ上流階級からの要請だけなので、配るのに十分な量があったが、庶民まで広がると足りなくなることが予想できる。

 カテリーナは執務室のベルナルドに裏のジャガイモ畑を拡張していいか尋ねた。

「好きにするがいい」

 ベルナルドは鷹揚に答える。

 姉のマリアからも妻を大切にするように言われていたし、やつれていたマリアの顔色が良くなったことへの功績も認めていた。


「ありがとうございます、殿下」

 良い機会だと思ったベルナルドはカテリーナに注文をする。

「その殿下はもうやめないか? ベルナルドと呼んで欲しい」

 席を立ち、デスクをまわってくると、ためらうカテリーナの腕を捕らえて抱き寄せた。

 さっと口づけする。


「リーナ。そなたは私の大切な妻だ。殿下と他人行儀で声がけされる度に、私のここが痛むのだ」

 胸を押さえるベルナルドをカテリーナは見上げた。

「分かりましたわ。仰せのままに。で……ベルナルド」

 満足そうな笑みを浮かべるとベルナルドは、もう一度、今度は少し長めに唇を重ねる。

 もっと一緒に居たそうなベルナルドの腕を振りほどくと、カテリーナは執務室を出た。


 少しの間廊下に佇み幸せを噛みしめる。

 ようやくジャガイモの素晴らしさを理解する人が増えてきているし、ジャガイモのことをきちんと理解してくれる夫がいるなんて、私はなんて幸せなのかしら。

 ベルナルドが知ったら、自分のことが二番目であることにショックを受けそうな感慨を抱きながら、カテリーナは着替えのために私室に向かう。

 侍女にドレスを脱がせてもらうと、野良着に着替え、ジャガイモ畑拡張について相談するために、ポージ婆さんのところへ向かった。


「休耕することを考えると、もうちょっと広い敷地と人手が欲しいところですのう」

「今はまだ屋敷の敷地の外は難しいわ。人手の確保もすぐには厳しそうだわね。とりあえず、二人でできる範囲で考えましょう」

 敷地を広げるにはポージ婆さんだけでは人手が足りないのは自明の理である。

 ジャガイモ畑の拡張の許可を得たということはすなわち、カテリーナも少しなら手を出してもいいと許可を得たも同然と都合のいいことを考えていた。

 

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