第19話 見舞い
公務に忙しかったベルナルドだが、マリアのつわりが酷く何も食べられずに衰弱しているとの知らせについに見舞いに行くことにする。
結婚式には出席できなかったものの、マリアとその夫からは十分なお祝いの品を貰っている答礼も兼ねていた。
周囲がなんと言おうが、姉のご機嫌伺いをすると王太子が決めれば、それを覆すことは難しい。
ジートリンゲン公爵邸を訪問したベルナルドとカテリーナを公爵夫妻が出迎えた。
青白い顔をしてやせ衰えた姉の姿にベルナルドは非常にショックを受け、挨拶を終えると早速問いかける。
「姉上。一体どうしたのです?」
ベルナルドはマリアを気遣いながらも傍らで頼りなげな笑みを浮かべている公爵をあまり好意的ではない視線でひと撫でした。
「ベルナルド。そんな顔をしないで。単に何も食べられないだけなの。どんなご馳走でも、その匂いを嗅いだだけで口が受け付けないのよ。心配しなくても、もう少ししたら安定すると思うわ」
「私も手を尽くしたのだが、マリアは無理というばかりでね」
ジートリンゲン公爵も眉尻を下げて気づかわしげな表情をする。
ベルナルドはカテリーナが抱える紙の包みを受け取った。
「姉上。何も口にできないという話ですが、これを試して頂けませんか?」
ベルナルドは包みの口を開く。
食べ物の匂いにうっとなることを警戒してマリアは身構えたが、なぜか平気だった。
包みの中に手を突っ込んだベルナルドが一つ取り出し自分の口に入れる。面倒だが毒見をして見せる必要があった。
その様子にカテリーナは喉を鳴らす。
ベルナルドは紙包みを差し出し、マリアは恐る恐る中を覗き込んだ。
黄金色に揚がった細長いジャガイモのフライが顔をのぞかせる。顔を近づけても、他の食べ物のような嫌な臭いはしなかった。
マリアは、まだほのかに暖かいフライを一本だけ指でつまみ口に入れる。
ほのかな塩気とジャガイモのぐにゃりとした食感が口に広がった。
食べられるわ。
安堵と共にマリアの目尻がじわりと暖かくなる。
久々に口にした食べ物の美味しさに手が止まらなくなった。少々、お行儀は良くないが、この場には他に三人しかおらず、誰も気にしない。
妻の様子に驚いたジートリンゲン公爵が質問した。
「それは一体なんなのです?」
ベルナルドが傍らのカテリーナを振り返り頷くと説明を始める。
「ジャガイモを細長く切り菜種油で揚げて塩を振ったものですわ。つわりが酷い人でも食べられることが多いのです」
カテリーナの郷里でジャガイモ料理を支持する若い女性がいるのは、この効能のせいだった。
お腹の子を育てる時期だというのに食べられないのは辛い。そんなときにカテリーナに勧められて、ジャガイモのフライなら食べられると歓喜の声をあげた。
その経験から、マリアの見舞いに行くというので特に準備してもらって持参したという次第である。
「ジャガイモ……」
ジートリンゲン公爵は呟く。
やはり上流階級に属する人はジャガイモを嫌悪するのかとカテリーナは、これから耳にする発言に備えて体を強張らせた。
「久々に食物を口にするマリアの姿を見て安心しました。ジャガイモにこのような効能があるとは。これは見直さざるを得ませんね」
ジートリンゲン公爵は笑みをこぼす。
上品で顔と家柄が良いだけと陰で言われているが、ジートリンゲン公爵は少なくともマリアを心から愛していた。
苦しむ妻に何も救いの手を差し伸べられないことに悩んでいたところに差した光明に素直に感銘を受けている。
カテリーナも満面の笑みを浮かべて同意した。
「そうなんです。ジャガイモは凄いんです。そうだ。ジャガイモのフライのレシピも持ってきたんです。よろしければ料理番に渡して活用ください」
取り出した紙片をベルナルドが仲介し、ジートリンゲン公爵に渡す。
公爵はそれを押し戴いた。
「ありがたい。早速、料理をさせましょう」
「むくみが出るかもしれないので、塩は控えるように注意なさってください」
ようやく落ち着いたマリアが、少し恥ずかし気に微笑みながら礼を言う。
「ベルナルド。それにカテリーナさん。お心づかい身に沁みました。ありがとうございます」
「いえ、姉上が元気になってくだされば、これに過ぎたる喜びはありません」
「ベルナルド。素敵な奥さんを大切になさいな。そして、カテリーナさん。弟のことをよろしくお願いしますね」
こうして、マリアの見舞いは予想外の良い結果となった。
関係した誰もが幸せになり、ベルナルドはさらに妻の評価を上げる。
カテリーナもジャガイモのファンが増えて、心から喜んでいた。
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