第18話 綻び

 神聖アーギ帝国の現皇帝は報告を聞くと激怒する。

「破綻寸前のロードルト王国に聖女候補だと? しかも、王太子妃に収まっているだ? 探索していた者たちは何をしていたのだ。この間抜けどもが。直ちに始末しろ!」

 皇帝に仕える大臣たちは口々に諫めた。


「一介の小娘ならともかく一国の王太子妃ですぞ」

「我らが手を出したと知られると、他の国からの視線も厳しいものになります」

「ロードルト王国も聖女候補と分かっての行動でしょう。警備は厳しいはず」

 否定の言葉ばかり聞かされて皇帝の額に青筋が立つ。


「ならば、このまま見過ごせというのか!」

「いえ。一つ策がございます。我らは直接手を下さず、聖女を亡き者にする方法が」

 説明を聞いた皇帝は、満足そうな顔をした。

「なるほど。かの国を弱らせるために打っておいた布石を生かすのか。確かに、我らの存在が表に出ることはないだろう。もし失敗しても相当の混乱が生じるだろうな。そうしたら、保護を名目に出兵して併呑し、同時に聖女の身柄も抑えられる。二段構えの作戦、悪くない。では、急ぎ実行せよ」


 ***


 自分の身を巡ってきな臭い陰謀が巡らされているなどということをカテリーナは知らない。

 館に戻ってきてからは昼間も忙しく過ごしていた。

 王太子妃ともなると色々と用事も多い。


 ベルナルドが出席する様々な行事に随行するし、単独で顔を出さなければならないこともある。

 なるべく人前に出したくないベルナルドであったが、さりとてずっと閉じ込めておくこともできない。

 身の危険が増えるがどうするとの問いにカテリーナは事もなげに答えた。


「それが私の務めなのでしょう? 歴代の王太子妃がやってきたことを私がしないと、殿下の評判にも関わるのだと伺いました。大丈夫です」

 ベルナルドの地位は安泰とは言い難い。姉のマリアはジートリンゲン公爵家に嫁ぎ、現在第一子を妊娠中である。

 そのマリアはつわりが酷く弟の式に参列できていない。


 ベルナルドとマリアの仲は良好だったが、それとは関係なく周囲には独自の思惑があった。

 現王家を中心に王国を立て直そうというベルナルドに対し、別の者が政治を担うべきだという考えである。

 その一方の旗頭としてジートリンゲン公爵が担がれていた。


 今ではカテリーナもこの辺の事情に精通している。

 新婚旅行中の夫婦の話題といえば、王国のかじ取りの話か、ジャガイモの話しかなかったからだ。

 そして片田舎の令嬢に過ぎなかったカテリーナは意外とベルナルドの話をよく理解する。


「なるほど。ジャガイモも同じ場所に連続で植え続けると、病気になったり、収穫量が減るのです。為政者も同じと考えるわけですね」

「いや、単に権力を握りたいというだけだと思うが」

「そういう人もいるでしょう。しかし、この国を良くしようという思いは同じ方もいるはずです。そういう方もすくい上げることが肝要かと存じます。場所や環境を変えればきちんと実を結ぶジャガイモもあるのですから」


 この話を後から聞いたシュトルムは驚嘆した。ジャガイモを例に挙げて比較している点はともかく、カテリーナの考え方は上に立つ者の心構えとしての要諦をとらえていた。

 支持者だけの方を向いていては大きな力とはなりえない。


 方法は異なっても志を有するものはなるべく包摂して手を取りあえるところは協力する。政治の基本でありながら、実際にはなかなか実行できないことにさらりと言及したセンスに舌を巻いた。

「奥方さまの御見識、敬服いたしました」


 カテリーナの発言は、シュトルムに感銘を与える。このことは、この後に起きる事件の後始末の判断において重要な影響を及ぼすこととなった。

 ただ、この時点では、シュトルムはこれ以上の感想を述べず、外交部からの情報を報告する。


「アーギ帝国以外のいくつかの国から今まで以上の友好を求める打診があるようです。どうも、あの件は露見したと考えた方が良さそうですね。手を下すのは不可能と判断して、誼を結ぼうというのでしょう。上手くすればアーギ帝国に対して共同歩調を取るように誘導できるかもしれません」


 西の端に位置するロードルト王国にいる聖女の力の恩恵を、東方の国々が受けるには、鎖国主義を取るアーギ帝国の領土内を無事に通過できる状況を作る必要があった。

 各国での闇の勢力の拡大が始まれば、最終的には聖女の力に頼るしかない。

 数か国が共同戦線を張れば、強力なアーギ帝国に対抗することは可能だった。

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