第17話 暗雲

 ドランクは難しいことを考えるのは得意ではないが、命じられたことはきちんとこなせる男である。

 剣の腕も確かだし、頑健な体と人並み外れた膂力で敵を圧倒する。

 その一方で強さを鼻にかけたりすることはなく、ごくごく普通の感覚としての良識も備えていた。


 ベルナルドのことは尊敬しているし、ロードルト王国を立て直したいという志にも共感しているが、主には人並みの幸せを追求して欲しいとも思っている。

 そういう意味では、カテリーナを妻に迎えることについてはもろ手を挙げて賛成していた。

 少々変わり種ではあるが、陽だまりのようなカテリーナは側にいるだけで重責を担うベルナルドの助けになるだろうと感じている。

 また、カテリーナは王太子妃となったというにも関わらず、まったく言動が以前と変わっていない。権力を手に入れると人が変わる例を多数見てきたドランクからすると、この態度は信用するに値することだった。


 ドランクはベルナルドとは信義でつながっている。

 安易に目的のためには手段を選ばないような男を支えるつもりはなかった。

 仮にも妻となった相手に苦行を迫るような真似をして欲しくはない。

 確かにカテリーナが聖女として覚醒すれば、その正体を隠すための諸々の措置は不要になる。

 ドランクの負担も軽減されるはずだった。

 しかし、カテリーナが苦しむぐらいなら、自分が汗をかけばいい。


 そのための報酬はすでに貰っていた。

「頼む」

 カテリーナがロンダーフの館に到着した日に、真剣な眼差しのベルナルドがドランクの腕を軽く叩きながら依頼している。

 仕えるに値する主に信頼されている、それが騎士としての名誉だと考えていた。

 そのため、新婚旅行中の警備に関しては、ドランクが細心の注意を払っている。


 華美なもてなしは不要とのことだったので、行き先すら事前に公表していない。

 目的地が分からなければ、ベルナルドの一行を追跡する必要がある。

 実際後をつけている者はいたのだが、城門のある町の通り抜けの際に、誰何のために足止めされることになり、結局断念する羽目になった。


 そもそも、ロードルト王国において、他国の者がベルナルドの警護の者を上回る数を目立たせずに高速で動かすのは難しい。

 人数を揃えるだけなら、大規模な隊商に扮することはできるが、疾駆するわけにはいかないし、人目についた。

 訓練を受けた者が隠密裏に素早く行動することはあっても少数でしかない。


 ベルナルドが即位したならば、神聖アーギ帝国が命を狙う可能性はあったが、現時点では暗殺する利益がまだ乏しかった。

 国力が低下したロードルト王国は放っておいても、いずれ併呑できる見込みがある。

 何より、次の聖女を探し出す方が重要だった。


 神聖アーギ帝国の諜報網は、このタイミングでのベルナルドの急な結婚という事態に当然疑念を抱く。

 ただ、相手が王太子妃候補ともなると探索器を所持した人間を感知できる距離に送り込むことが容易にはできなかった。

 ようやく、ベルナルドの起居する宮殿に人を送り込む手はずができそうになったところで、結婚式が挙行され、当人が新婚旅行へと出かけてしまう。


 七日間ほど湖水地方で夫婦水入らずの甘いひと時を過ごしたベルナルドとカテリーナが王都ロンダーフに戻ってくるまで間諜は無為のときを過ごす羽目になった。

 王都に戻ってきた二人の親密度はさらに増している。

 ベルナルドは昼間は手は出さないと約束したが夜はその限りではない。

 毎晩仲良く過ごしていた。 


 ようやく折を見て、間諜は密かに探知器を作動させることができ、カテリーナに感応してはっきりと震える探知器を確認して驚愕する。

 このタイミングでベルナルドが娶ったことで不審の念を抱いたが、カテリーナの人となりを知ってからは、それほど期待せずにチェックしただけだった。

 まさか、ジャガイモ好きの変な女が聖女たる資格を有しているとは思いもよらない。


 神聖アーギ帝国から派遣されていたロンダーフにおける探索の責任者は報告を受けて悩んだ。

 ロードルト王国内で聖女候補を発見した場合は、速やかにどんな手を使ってでも、覚醒前に亡き者にせよと命じられている。

 しかし、その命令を受けた段階では、標的が厳重に警戒されている王太子妃ということは想定されていなかった。


 現時点で動かせる部下だけでは、確実に仕留める自信が無い。

 下手に動いて失敗するだけならまだしも、後ろにいるのが神聖アーギ帝国と露見するのは非常に具合が悪い。

 無能者と糾弾される恐れはあったが、本国に報告し指示を仰ぐことしかできなかった。

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