第16話 疑問
「私もそなたを妻に迎えることができて幸せだと思っている。それを示すためのスキンシップのつもりだったが、日中は控えることにしよう」
カテリーナの指に強く唇を押し付けると名残惜しそうにしながら身を起こす。
きちんと座りなおすベルナルドの姿を横目で眺めながら、カテリーナは指に残る熱を強く感じていた。
それでもベルナルドが大人しく座っているようになったため、カテリーナは車窓の風景を楽しむ。
途中で赤茶けた不毛の大地が広がる風景を目に止め質問した。
「ここはどうしてこのような?」
「闇に冒された土地だよ。小麦を植えてもほとんど収穫がない。ジャガイモも同じだ」
「これがそうなのですね。私が聖女なら、再び実り豊かな大地に戻すことができる。責任重大ですね」
カテリーナは表情を引き締める。
「それで……、殿下にお聞きするのも変だというのは分かっているのですが、どのようにしたら聖女の力を振るえるようになるのでしょうか?」
問われたベルナルドは何かを考え込んだ。
頭を軽く振ると、すぐに笑顔を作る。
「時が来ればね。心配しなくても大丈夫だ。そなたが覚醒するまでは、私がこの国を支えてみせる」
期待した答えは得られなかったが、負担にならないようにとの心遣いに、カテリーナは早く聖女の力が振るえるようになりますようにと強く願った。
ただ、カテリーナはまだ自分が聖女と言われても実感が持てないでいる。
質問をしていることからも分かるが、どのようにすれば闇の力を払えるかも分からなかった。
ただ、カテリーナにとってもジャガイモの収穫量が減ってしまう土地というのは大問題である。
ポージ婆さんから、ジャガイモの栽培に当たっては、土地を休ませる必要があるということは聞いて知っていた。
さもないと小さな実しかできなかったり、病気が蔓延したりする。
そういう事情とは別にジャガイモが育たない土地があり、それを自分が改善することができるのであれば、カテリーナはその力を行使するのにためらいはない。
ただ、自分にはどうすればいいのか分からないので、一人きりになったらジャガイモの精に尋ねてみようと思うのだった。
***
ベルナルドの乗る馬車の前後には騎士が馬を走らせている。
万が一に備える護衛だった。
その隊列に加わって騎乗しているドランクは、シュトルムを二人だけで話せる位置まで誘い出す。
シュトルムは素直に従ったものの語気鋭く問い詰めた。
「なんです? 警備はあなたの担当分野でしょう。こんなところで油を売ってないで真剣に見張ってなくていいのですか?」
「ルートは非公表だし、まず大丈夫だと思うぜ。それよりもちょっと気になることがあってな。教えてくれないか?」
「手短にお願いしますよ」
「聖女の候補者を早く覚醒させる方法があるんだよな。どうしてやらないんだ?」
「私もお勧めしましたが、殿下にけんもほろろに拒絶されましたよ」
「それはまたどうして? 聖女として覚醒することに関しちゃ、殿下も一日千秋の思いでいるのは一緒だろ?」
「辛い思いをさせるのは論外とのことです。確かに促成する手法というのは、闇の眷属から抽出した体液を飲ませるという過激な方法ですからね。常人なら喉から胃の腑までただれる毒液です。それに抵抗する中で聖なる力に目覚めるということなのですが、その過程で同時に死ぬほどの苦しみを味わうとの話です」
「なるほどなあ。それなら実行しようとしないのも当然だ」
「当然なものですか。人々の希望を背負う聖女なのですから、それぐらいの試練に耐えるぐらいなんということもないでしょう。力に目覚めてしまえば素性を隠す必要もなくなります」
「いや、ものすごく苦しむんだろう。だったら、殿下はそんなことをさせないに決まっているじゃないか」
「最終的には聖女の力で後遺症を残すことなく癒えるのです。大事の前の小事。殿下には断腸の思いで決断していただきたかった」
シュトルムはいかにも悔し気である。
理と情では理に偏っているシュトルムらしい意見だった。
「まあ、殿下が決断したことじゃないか。それに、お二人の人生はこの後も続く。後に恨みに変わりかねないことは控えた方がいいだろう。お前さんと違って普通の人には感情がある」
「何を言っているのです。私だって無理やり飲ませようというのではないですよ。事情を奥方に話して協力を仰いでは、と言っただけです」
「いや、それは実質的に強要しているようなもんだろう。まあ、いいや。俺は事情が分かって納得した。俺の職責を果たすことにしよう。シュトルム、呼びよせて悪かったな」
ドランクは馬腹を蹴って速度を上げる。
知りたいことを知ったので、自分の職責を果たすことに迷いはなかった。
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