第14話 一夜明けて
一夜明け、書斎の机でベルナルドは書類に目を通している。
その様子を少し離れたところから眺めていたドランクは、主のところに新たな書類を運ぼうとしたシュトルムを呼び止めた。
「それで、殿下はどうしてあんなに意気消沈してるんだ?」
シュトルムはじろりと相棒を睨む。
「さすがにプライバシーに立ち入りすぎだと思わないのですか?」
「全然」
「あのですね」
「いや、聖女として覚醒するのに影響するかもしれないから、当分控えるって言ってたのは殿下だぜ。それで実際に問題はないのかな、ってだけなんだが」
「記録に残る限りでは、過去に聖女に配偶者がいたこともあります」
「なら、なんで、反省しきりって顔してるんだよ。別にいいじゃねえか。結婚式も挙げて皇太子妃としての戴冠も終わってんだし。それとも早速喧嘩でもしたのか?」
「今朝は仲睦まじく二人で朝食を摂られたそうです。ジャガイモのパンケーキをたっぷりと召し上がったとか」
「ますます分からねえや」
「暇なら、近衛の騎士の訓練でもしてきたらどうです? 私は忙しいのでこれ以上あなたの相手をしてられません」
シュトルムは書類を抱えてベルナルドの方へと歩み去った。
ドランクは首を振り振り部屋を出る。
実際のところ、ベルナルドは己を恥じていた。
昨夜の行動は色々言ったところで結局欲望に流されただけではないのかと密かに赤面することしきりである。
実際、夜着姿の妻を見たときには自分の中の獣性を抑えるのに必死だった。
行為に及んだときも、ひたすらカテリーナに負担がかからないようにそっと扱ったつもりであるが、途中からは流されてしまった気がしている。
同時に朝食前にこっそり探索器がカテリーナに反応するのを確かめるまでは、聖女の資格を失ったのではないかと生きた心地もしなかった。
カテリーナが満ち足りた様子をしていることが唯一の慰めである。
少なくとも夫としてはきちんと務めを果たしたと言えそうだった。
ただ、これほど簡単にカテリーナとの行為に溺れてしまった自分が情けないという気持ちは拭えない。
それでも書類仕事に精を出しているのには理由があった。
もう少ししたら新婚旅行に出かけることになっている。
慣例に従い離宮の一つで過ごす予定だった。
都ロンダーフは人の出入りが多く、カテリーナの秘密を嗅ぎつけられる危険がある。その点、新婚旅行中であれば人払いが容易という理由もあった。
書類に没頭するベルナルドにシュトルムが声をかける。
「そろそろ支度をしませんと」
「ああ、もうそんな時間か」
「仕事も大切ですが、奥様を放っておかれるのもほどほどになさいませ」
「まあ、移動中と旅先では二人きりの時間をきちんと取るさ」
ベルナルドは伸びをするとさっと立ち上がった。
「よし、出発だ。カテリーナはどこだ?」
「いつもの場所にいらっしゃいます」
「よく飽きもしないものだな」
「それを許したのは殿下でしょう?」
「結婚の条件とあらば仕方あるまい」
ベルナルドの宮殿の敷地の一画に、カテリーナはジャガイモ畑を作ってもらっていた。郷里から連れてきてポージ婆さんが、持ち込んだ種芋が根付くように面倒をみている。
同時にジョシュア爺さんも首都ロンダーフに居を移していた。
できるだけ環境の激変緩和をとの配慮によるものである。
そんなわけでカテリーナは本日もジャガイモの世話をせっせとしていた。
今朝に関しては宮殿にいる者の好奇の視線を避けたいという思惑もある。
ベルナルドとカテリーナが起床した後にシーツの交換をした侍女によって、無事に新郎新婦の営みが終わったことが広まっていた。
王家の血統を繋ぐという観点からはやむを得ない面もある。
とはいえ、カテリーナとしては、皆に向けられる笑顔が面映ゆい。
ジャガイモ畑でカテリーナはさすがに自ら手を出すことはしないが、ポージ婆さんが手際よく芽かきをする様子を熱心に観察していた。
「こっちの芽を摘んだ方が、大きく育っていいだろうねえ」
ぱっと見には差が無さそうな違いを聞いてカテリーナは大きく頷く。
次の株ではどちらを摘むかを選んでみせて、ポージ婆さんを喜ばせた。
「ほんに姫様は賢くていらっしゃる。きっと、この国一、いえ、世界一のジャガイモ園芸家になれるだろうに、王太子妃などもったいないことですじゃ」
カテリーナの師匠を務めるだけあって、価値観が独特である。
そして、その点ではカテリーナも負けてはいない。
「おばばさま、私は王太子妃であっても立派なジャガイモ園芸家になってみせるわ。だから、まだ色々と学ばせてね」
「もちろんですじゃ。だが、今は素敵な殿御に甘える時間では? 殿下も亡くなったうちの夫には負けるがいい男ですからのう。おう、噂をすれば影というものですじゃ」
ポージ婆さんが腰を屈めようとするのを、近づいてきたベルナルドは片手で制した。
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