第13話 抱擁
やっぱりこのまま眠りにつくのは普通ではない気がする。
カテリーナはずいと身を乗り出すとベルナルドに顔を寄せた。
「あの……」
美しい顔は薄暗がりの中でも輝いているように見える。
まるで妄念を振り払うように目をつぶっていたベルナルドも、声をかけられては目を開けざるを得なかった。
カテリーナは思いきって問いかける。
「このまま私たちは眠りについていいのでしょうか?」
ベルナルドは慌てた。
「あ、いや。別にこれはそなたに不満があってのことではない。気を遣ったつもりだったが、これはかえってそなたを傷つける行動だったかもしれない」
「ということは、やはり、本来すべきことをしていないのですね。申し訳ありませんが、どうするものなのか私にはさっぱり分からないのです」
「え?」
ベルナルドは心底驚いたというような声をあげた。
「先ほどの質問は純粋な疑問の声だったのか……」
戸惑うベルナルドは、とりあえず肩ひじをついて半身を起こした。
「何も聞いていないのか?」
「はい。申し訳ないのですが。ただ、何もないのは変なのかなと思いまして。何か私に足りないところがあるのでしょうか? お手を煩わせて申し訳ないのですが、どうすればいいのか、仰っていただければ努力してみます」
カテリーナは両手で握り拳を作って力をこめると決意表明をする。
一瞬笑いをみせたベルナルドは片手で目を覆う。
「あの……私何か変なことを言いました?」
「そうではないが……」
「やはり私では至らぬことが多いのでしょうか……」
人の口に戸は立てられない。
カテリーナに対するやっかみの声をすべて本人に届かないように努力はしていたのだが、全てを封殺するのは無理だった。
「あのう。殿下には他にももっとお似合いの方がいらっしゃるはずです。それなのに私を選んでいただいて、ここまで優しくしていただけるのはどうしてなのでしょうか? いえ、不満ということではないのです。単に疑問なんです。眠れないほどに」
ベルナルドは困ったような顔をする。
「そうだね。妻となった以上は知る権利があるな。夫婦の間で秘密があるのは不和のもとだからね。カテリーナ。実は……そなたは聖女候補なのだ」
私が聖女候補?
カテリーナは首を傾げた。
「聖女って、闇の力を払えるというあの聖女ですか?」
「ああ、そうだ」
「とても信じられません」
「信じられないかもしれないが、これはほぼ間違いないことなんだ。説明が少し長くなるけどいいかい?」
ベルナルドは姿勢を正す。
殿下は前聖女が亡くなったこと、その髪の毛を使った探知器のこと、各国が次の聖女を探して血眼になっていることなどを説明した。
ベルナルドはある意味で最悪の選択肢を選んでいる。
打算で妻にしたと告げているようなものだった。
タイミングも最悪である。もっと早くにその事実を話していれば、カテリーナとしても損得勘定の上で受け入れることができたかもしれない。
愛しているかのように見せかけておいて、いざ結婚の当夜に真実を告げるとは、ベルナルドも女心が分かっていなすぎるのだった。
普通ならば愁嘆場が発生してもおかしくはない状況である。
しかし、ジャガイモ姫は普通ではなかった。
「なるほど、そういうことだったんですね」
なぜ、自分が闇の従者に襲われたのか、ベルナルドたちが必死になって守ろうとしたのかの謎が解けてすっきりする。
「私が聖女ですか。ぜんぜん自分では分からないです。説明を受けた今でも信じられません。それは本当に間違いないのでしょうか? もし、違っていたら殿下は目論見が外れることになってしまいます。それでもいいのですか?」
「いや、それは間違いない。前聖女のナーガ様の御髪を使った探知器に強く反応している」
「そうですか。殿下は聖女の力を強く欲していられるのですね。だから、私にもこのように親切にしてくださっていると。それで得心できました。そうでもなければ、末端の貴族の娘でしかない私を選ばれなかったでしょうから」
会話がここに至ると、ベルナルドも自分の言葉が妻に対して酷い内容であったことに気づき、慌ててカテリーナの手を掴んだ。
「いや、違うんだ。最初は確かにそのつもりだったかもしれない。しかし、今ではカテリーナ、そなたそのものを愛している」
「無理をなさらないでください。私の身の安全を図って頂けたというだけで嬉しいです」
カテリーナが透き通った笑みを向けると、ベルナルドは深く反省をした様子になる。
「私は思い違いをしていた。今は万言を費やすときではない。そなたは私の大切な妻だ。そのことを身をもって示そう」
ベルナルドはカテリーナの身の上に覆いかぶさった。
「……殿下?」
返事はなく、長く強く唇を貪られる。
ようやく唇が離れ、カテリーナは空気を求めて喘いだ。
「あの……?」
真剣な面持ちのベルナルド殿下の指がカテリーナの夜着の留め金を外す。
熱い口づけがゆっくりと唇から喉へと下がってきて、カテリーナは大人しく身を任せることにした。
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