第12話 困惑

 披露宴が続くうちに、窓から見える景色が暮色に包まれる。

 すると、カテリーナ付きの侍女頭がやってきてそっと袖を引いた。

「そろそろお下がりくださいませ」

 今宵ばかりは国王陛下に退出の許可を求めなくてもよいことになっている。

 いつもは必要なのに不要な理由を聞いたがはぐらかされた。


 そろそろ疲れを覚えてきたところなので、カテリーナも渡りに船というところでボールルームを後にする。

 ベルナルド殿下と踊るのはいいが、隙をみては口づけされ、それを周囲に見られているというのも恥ずかしい。

 侍女たちに浴室でかしずかれ綺麗に体を清められると、すべすべとした肌触りの夜着に着替えさせられた。

 つい先日、蜂蜜を練り込んだ小麦粉を張り付けられて全身の産毛の処理をされているので、自分で触れても体が滑らかなのが分かる。


 夫婦の寝室に案内されて一人取り残されるとカテリーナは途方に暮れてしまった。

 天蓋付きのベッドには枕が二つ並べられている。

 今日からは寝床を共にすると言われても今一つピンときていない。

 まだ結婚なんて意識することを必要とされていない年齢で母を亡くしているし、郷里の館では、当面嫁入りなどということはないと目されていたので、誰も正確な内容を教えてくれる人がいなかった。


 シュトルムが選んだ侍女たちに新婚当夜のことを聞いてみようかとも思う。

 しかし、親切ではあるものまだ知り合って日数のない相手に聞くことではないような気がしてためらわれた。

 結果として、ほとんど何も知らないまま、カテリーナはぽつねんとベッドの端に座っている。

 ただ、あまり深刻には考えていなかった。


 理由が不明ではあるものの、ベルナルドが自分に優しくしてくれることは確信している。少なくとも今までの態度から酷いことをするような人ではなさそうだとの信頼をしていた。

 だから、これから何かが起こるにしても、それほど悪いことは起きないと考えている。


 それでも、ベルナルドがなかなかやってこないとなると手持無沙汰になってきた。

 やはり、誰かと相談と言わないまでもお話がしたい。

 そう思った時はカテリーナは心の中で、『ジャガイモと共にあらんことを』と祈りを捧げている。

 目の前の空間が歪んだと思うと二人の戦士が現れていた。


「我らが姫。お呼びですか?」

「何か、また危機が?」

 油断なくジャガイモ戦士は周囲の様子を窺う。敵対的な存在はないことを確認して緊張を解いた。

 カテリーナはベッドからぴょんと飛び降りると頭を下げ、音量を抑えた声で話しかける。


「こんばんは。先日はありがとうございました」

「なんの。あれしきのこと。当然のことをしたまでのことにございます」

「それで、本日はいかがなされました?」

 今置かれている状況と不安に思っていることを説明した。

 ジャガイモ戦士たちは困惑した声を出す。


「左様でございますか。しかし、我らはジャガイモの精です。人と人が結婚してどのように過ごすかと問われても、とんと分かりません」

「ジャガイモの受粉についてならご説明できますが……」

 これは完全にカテリーナの人選ミスだった。


「ごめんなさい。そうよね。分からないわよね」

「お役に立てず申し訳ござらん」

「面目ない」

「いえ。でもお二人とお話ができて元気が出たわ。ありがとう」

「お礼を言われるほどのことではござらん。お、誰か人が来たようです。それでは御免」

 じゃがいも戦士の姿が消えると同時に部屋の重厚な扉がノックされる。


「カテリーナ、入るよ」

「どうぞ、殿下」

 扉が開いてガウン姿のベルナルドがするりと入り込んできた。

「何か話し声が聞こえたような気がしたが?」

「あ、気を紛らわすために声を出していました」

「そうか。待たせて悪かったな」

 ぎこちなくベルナルドが近づいてくる。


 なぜかカテリーナの姿を見て戸惑いが生じているようだった。

 何か私って変な格好をしているのかしら?

 急に不安になる。

 着替えが終わったときに鏡で確認した自分の姿は夜着のデザインのせいなのか、髪をおろしているせいなのかは分からないが、いつもとは違うように感じた。


「何かおかしなところでもあるでしょうか?」

「あ、いや、そんなことはない。とても似合っているよ」

 そう言いながらもベルナルドの視線は泳いでいた。

 カテリーナは出迎えたまま、どうしていいか分からず立ち尽くす。


 このまま突っ立っていても仕方ないと思ったのか、ベルナルドはカテリーナを抱え上げてベッドへと運んだ。

 そっとカテリーナの身を横たえさせる。

 カテリーナは目を閉じた。

 すぐ横に身を滑り込ませるてくるとベルナルドはカテリーナの髪をそっと撫でる。

「お休み。良い夢を」

 軽い口づけをするとベルナルドは身を横たえ、枕に頭を預けた。

 

 

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