第11話 披露宴
披露宴と舞踏会の会場はぐっと砕けた雰囲気となっている。
ベルナルドに腰に手を添えられて、カテリーナがボールルームに入っていくと、会場から割れんばかりの拍手が響いた。
皆の注目の中を進み、新郎新婦は一段高いところにいる国王ヨーゼフの脇に控える。
国王ヨーゼフが簡単な挨拶を述べ、開会を宣言すると楽団が軽快な舞踏曲を奏で始めた。
慣例に従い、ベルナルドとカテリーナが真ん中へと進み出る。
緩やかに円を描きながらするすると二人で踊り始めた。
カテリーナは今まであまり男性と踊るという経験はなかったが、剣の稽古で鍛えられた足腰を駆使して短時間でステップをマスターしている。
また、リードするベルナルドが上手にフォローするので、皆が想像していたよりはずっと上手い。
ただ、身長差があるので、大人と子供が踊っているように見えてしまうのが難点だった。
一曲踊り終えると、ベルナルドはカテリーナの手を父のレオポルドに預ける。
綺麗に着飾った令嬢たちがベルナルドと一曲踊ろうと列を作った。
美貌か、実家の身分、又はその両方でカテリーナを凌駕する令嬢たちの姿が眩しい。
ベルナルドはカテリーナを妻を迎えたものの、彼女たちにまだ次のチャンスが無いわけではなかった。
カテリーナに子供ができなければ世継ぎをもうけるために側妃をという話がでるかもしれない。
次のレースはもう既に始まっているのだった。
ベルナルドが忙しく踊る一方で、カテリーナに踊りを申し込む大胆なものはさすがに居ない。
そんなことをすればベルナルドの不興を買うこと請け合いである。
父や兄と一曲ずつ踊った後は、壁沿いの花と化していた。
踊りを申し込む者はいないが、王太子妃という立場に誼を通じようという貴族が挨拶のためにカテリーナのもとをひっきりなしに訪れる。
側に控えたシュトルムが如才なく間を取り持った。
ベルナルドも数人と踊るたびにカテリーナのところへやってきては、フロアの中央へと誘いだして踊る。
社交儀礼上、他の令嬢を無碍にはしないが、妻はカテリーナであるとのアピールも忘れていないらしかった。
この間、ドランクは会場の片隅に設けられたテーブルから料理や飲み物をちょくちょく口にしている。
ふふっ。よほど食いしん坊なのだろうとその様子を目にしたカテリーナから笑いが漏れた。
それとなく観察していると、踊りの合間に殿下にも皿やグラスを渡している。
横にいるシュトルムに囁く。
「ドランクさんも気に入ったものを他人に勧めたいんですね。その気持ちはよく分かります」
「なるほど。奥方にはそう見えるのですね」
シュトルムは苦笑を浮かべていた。
ベルナルドはタイミングを見計らって、ドランクから受け取った料理や飲み物をカテリーナのもとへと運んでくる。
残念ながらジャガイモ料理は少なかったが、料理を取りに行けないカテリーナを気遣ってくれるのは嬉しかった。
しかも運んでくれるだけではない。自らの背で皆の視線から隠しながら手ずからカテリーナに食べさせたり、飲ませたりするのだった。
「あの、私が自分で……」
「まあ、いいではないか。少しは仲睦まじいところを皆に見せつけてやりたいからな」
上機嫌で言われてしまうと断りづらい。こんなに子供のように甘やかされてはとも思うが、口には出せなかった。
実はこれはカテリーナに毒を盛られるのを警戒しての行動である。
食事を食べさせてもらうのもそうだが、それ以上にカテリーナが閉口したのは、ベルナルドが隙をみては口づけを落としてくることだった。
素早く唇が触れるか触れぬかという軽いキスだが、カテリーナはその度に頬が熱くなるのを自覚している。
「あの……さすがに人前では……」
「これでも我慢しているのだぞ。式のときも含めて、まだたったの五回しかしていない。それにカテリーナ、そなたは私の妻だ。なんの問題があろうか?」
ベルナルドはとても楽しそうにしていた。
「そなたの反応は初々しくて可愛らしいな。口づけも甘美で心地よい」
耳元でそんなことまでささやく。
カテリーナはベルナルドのことを生来真面目な性格だと想像していた。
どういう気まぐれかは不明だが、カテリーナを妻として迎え入れる以上、夫としての務めはきちんと果たすつもりでいるということなのかもしれない。
その中には人前で愛情を示すというものも含まれているのだろう。
嬉しいは嬉しいのだけど、それと同じぐらい恥ずかしさを覚える。
殿下は腕を伸ばしてカテリーナの腰を強く抱くと耳にささやいた。
「カテリーナ。愛しているよ」
まだ夫婦となった実感が湧かないところに、この甘い言葉は刺激が強すぎる。
カテリーナは思わず顔を伏せてしまった。
あごにベルナルドの指が優しく添えられ上を向かされてしまう。
そして、満ち足りた表情のベルナルドにまた口づけをされてしまうのだった。
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